話は純米酒フェスティバル2000まで戻りますが、その会場において、 ある高名な酒造技術の先生から「おい、おまえのとこの酒利かしてみろ」 といわれて出品していた酒を利いていただいたんですが、「うーん」とい われたきり、ものも言わずに隣のブースに移られた。さあ大変。早速うち の酒を利いてみる。何も感じない。だけど気になる。 酒屋殺すにゃ、刃物は要らぬ。酒を含んで酒屋の前でものも言わずに難し い顔をして立っていたら、半分くらいの酒屋は心臓麻痺を起こして死んで しまうんじゃないか。 冗談はさておいて、黙して語らぬお客様の真意を探って、私どもの酒に対 するお客様の本当の評価を測るのも蔵元の仕事ですから、気になって気に なってしょうがない。 おまえが利いてわからなければそれでいいんじゃないか、それほど自分の 目に自信もないくせに平気で酒を造っているのかといわれそうですけど、 皆さんご自分の娘さんが美人かどうか公平に評価できますか。わたしはよ く、うちの酒を最も愛しているのはわたしだと思ってますし、反対にもっ とも冷酷に見ているのもわたしだと思っていますが、こうなると公正に評 価できない。「いや、何かある。欠点があるぞ」「何か見える」、半日の 利き酒の結果、わたしの目に欠点のようなものが見えてきました。 そこで、広島国税局の鑑定官室に持ち込んで鑑定官の先生方に問題点を暴 き出してもらおうということで、先日持っていきました。結論から言うと 思い過ごしのノイローゼみたいなものだったのですが、一人の先生から「 少し舌にざらつく。それがあなたの言う微細なカビの匂いのようなものに 見えるんじゃないか」との指摘がありました。「じゃ、何でこうなるんで しょう」と質問すると、「旭酒造さんは純米酒といえども香りがなくちゃ 駄目だという主義でしょう。香りの主成分はカプロン酸エチルですけど、 そのカプロン酸エチルを作るためにはカプロン酸がたくさん作られなくち ゃ駄目なんですよ。ただし、そのカプロン酸は固有にあると渋さの原因に なるんですよ。だけど、そのカプロン酸が多量に作られないとカプロン酸 エチルはできないんですよ。その微細な渋さをカビのにおいに感じておら れるみたいですね。それでは、なぜカプロン酸ができるかという話はまだ 理論的には解明されてなくて、今月の醸造研究誌に福岡の鑑定官室から研 究報告が出たばかりの段階ですから、それをあたってみて下さい」とのこ と。 結論を言えば「おまえは純米吟醸酒じゃ無理な酒質ラインを狙ってばくち を打っているんだから多少の寺銭は払え。少なくとも現時点では」という ことでした。一応なっとく。 ただ、私どもにとっては深刻な問題が発生しました。というか、けりがつ いてしまったんですけど。というのは、私どもの最高級品である純米大吟 醸の獺祭磨き二割三分の4本の仕込みロットのうち最後の4本目のタンク の酒がどうもぴんとこなくて、一緒に持っていって熟成でこの欠点が隠れ るか意見を聞いてみました。2人の先生は、熟成でこの欠点が消えること はないだろうけど、市販の大吟醸だったらこれでもいいんじゃないか、十 分水準にあるとの意見でした。だけどねー、日本一の精白の酒と思われる 酒ですよ。やっぱし ようださんよねー。第一、他の酒蔵に失礼じゃし(急 に山口弁になったりして)。だけど今年私どもの酒蔵で泊まりこみで技術 指導いただいたM先生から、「わたしも社長の意見に賛成ですよ。旭酒造 さんは純米大吟醸がメインの酒蔵ですし、少なくとも迷っているなら出す べきじゃないと思いますよ(もうちょっとシャンとした酒をつくらんかい ・・・M先生の心の声)」という意見をいただきました。 ま、わたしの優柔不断振りを絵に書いたような話なんですが、結局二割三 分の一升ビン換算にして700本分はほかの純米吟醸のブレンド用の酒に なってしまいました。「少し今年は予定数量に対して製造数量が足りませ んよ」という報告を受けているにもかかわらずさらに足らなくしちゃった わけですが、(しかもこうなると思っていなかったから、4本目を搾る前 にお取引いただいている酒販店さんに今年の予定数量を聞いたばかりなん ですよね)、何とか酒販店さんにもご理解いただいて、私自身もこの酒を 品質検査の利き酒以外は飲まないようにして(実はうちの夫婦が個人的に は最も大量の二割三分の消費者なんです。勿論ちゃんと会社に酒代は払っ ていますよ)、ご要望に応えたいと思いますので、現在は要らないけど先 を見越して囲っとこうとか、そんなことをしなければ何とかキリキリでま わると思いますのでよろしくお願いします。

▼蔵元の今週のお勧め 先日の純米酒フェスティバルでも非常に評価の高かった獺祭純米吟醸50 を紹介します。

品   名      獺祭純米吟醸50    

容量・価格      1.8L   2500円               

720ml  1250円    

原 料 米      山田錦    

精   白      50%    

日本 酒度      +6.5    

酸   度      1.1    

アルコール      15.5

私どもの酒蔵の中では最もボリュームの大きな商品で、大事な酒ですから 当たり前ですが、毎年新たなハードルに挑戦している酒です。 昨年は香りが問題になり、「純米吟醸で香りを出すのは無理です。品質的 にはこんなもんです。第一こんなに大吟醸の造りが続くのに」という杜氏 のもっともな主張と(いつかの菊姫さんのお話を思い出します。少なくと もあの時点での技術的な観点から言えば、アルコール添加したほうが純米 酒より香りがよく出るなど品質上優れているという見方が通説でした。き ちんと説明する菊姫さんの真摯な姿勢を尊敬しています。)「だけど25 00円も払う客の身になってみろ。四の五の言わずにお客様の感動する酒 を造ろう」という私の話が真っ向から対立して、杜氏にはかわいそうな思 いをさせました。 ただ、そのおかげで昨年の酒は香りのある純米吟醸酒になったと思います。 それが、昨年の特選街の高評価などにつながったんだろうと考えています。 そんな昨年の造りの後、社員だけで造る今年はデビュー戦、今年の獺祭5 0は香りとともにみっちりあんこが詰まっている。そんな感じの酒です。 あるベテラン杜氏さんが、今年の私どもの酒造りを見にこられて言いまし た。「これだけ、徹底してやりゃ誰が造っても酒が良いのが当たり前」 最高の誉め言葉です。 私たちには技術もテクニックもありません。 だけどしなければ良い酒にならない必要条件はよくわかっているつもりで す(残念ながら十分条件でもないことも良くわかっておりますが)。 できない理由を述べ立てて満足することはしたくない。 そんな思いで造りました獺祭50の今年の新酒を、例年熟成後7月ぐらい から新酒に切り替えるんですが、300本だけ4月から出せるよう生で新 酒を準備しています。

▼蔵元の恥かき日記

前回のメルマガに書いた酒林坊は池林坊(新宿3丁目)の間違いでした。 恥ずかしい。椎名誠さんをその店に最初に連れていった方のお知り合いか らご指摘を受けました。間違って申し訳ありません。ここに訂正いたします。