▼杜氏のいない酒造り
今年私どもには杜氏がいませんでした。
なぜ、杜氏のいない酒造りを選択したかというといくつか理由があります。
一つは杜氏が高齢化していることです。何人か杜氏という職種に新人が入ってきていますが、絶対需要からすると、非常に少ない。
もっと大きな理由は杜氏は社員でなく社外の人間だということです。
つまり、酒蔵にとって一番大事な酒造技術が社外にあるということです。
この点を克服するため、前の杜氏のときも、社員としてこないかと提案したり、いろいろ模索努力したのですが、なかなかうまく行きませんでした。
というのは杜氏という職業は良くも悪くも出稼ぎという一面を色濃く持っているからです。
大抵、杜氏は酒蔵の所在地から遠隔地に家と本業(多くは農業。だから杜氏の産地は但馬V潟狽~場は雪が多くて物理的に仕事のできない地域が多い。)を持っていて、つまり生活の本拠は遠くにあるんです。
しかも、ほとんどは50代を超えていますから、いまさらそれを変えることはできない。
そう言うわけで冬場の酒造期間中だけ来てもらうという形になっている酒蔵が多い。
これは酒蔵にとっても都合のよいことでした。
考えてください。夏の暇なときはいない。したがって人件費は発生しない。
酒蔵にとって将来は別として、ぬるま湯のように快適な話ですよね。
だけどこれは日本の農村が昔のようにちゃんとあって、都市化しないということが条件ですから、続くわけがありません。
私どもの先代の杜氏も山口から遠く離れた但馬(兵庫県)でしたから、結局社員として社内に迎え入れることができませんでした。
閑話休題
杜氏の給与一千万という話があります。よい杜氏の給与は高いのは確かです。1ドル85円の時代には、私どもの杜氏の給与も、ユナイテッド航空のジャンボのパイロットよりも換算すると高くなっていてびっくりしたこともあります。
私どもも一時はより高い給料を提示すればずっと杜氏のなり手はあるだろうと考えていたこともあります。
しかし、一千万と言うことは、私どもの年間の販売石数は千石に満たないんですから、一升瓶で一本100円以上の杜氏の給与代を本当にお客様からもらえるかということですよね。
勿論それに蔵人といわれる連れてくるスタッフの賃金も入りますから、何百円という話になります。
それに技術的な面でも問題があります。
一つは伝統的に杜氏は酒を造るだけ。春になって蔵の主人に酒を渡したらそれでおしまいという就業形態を取ってきた結果、杜氏は酒を造ることはわかりますが、瓶詰め後の酒の品質までわからないし、その経験の蓄積もないという性質があります。
だけど酒の品質はビンに詰まって、お客様の口に入っての話でしょう。
その辺まで総合的に見れないと今は酒造りと言えなくなってきてると思います。
もう一つは、杜氏は吟醸酒に代表される今の高級酒が好きじゃないということです。
長い間の飲酒経験から、杜氏や蔵人n域社会の人々は概して従来のお酒が好きなんです。そのほうが飲んで美味しいと思っているんです。
技術的な意地も自負もありますから、鑑評会の出品用の1本の仕込みは一生懸命造りますが、後はアルコールや糖の入った普通酒を造りたいというのが杜氏の本音です。
そうすると私どものように精白50%以下の吟醸が7割、規定どおり60%以下を吟醸と称するなら9割以上が吟醸となる酒蔵の酒造りは、杜氏としては自分では個人的にうまいと感じない酒を、蔵主が言うから仕方なく造るということになります。
これでは良い酒になりませんよね。というか安定しませんよね。
そんないくつかの悪条件を考慮して、今年の杜氏なしの酒造りとなったわけです。
それじゃ具体的にどうなったかという話は、ここまで長くなりすぎましたので、次回に説明させていただきます。
▼蔵元の読書
今回は読書というほどではないんです。
私には昔購入した古い本を本棚から引っ張り出しちゃ読むという、非常に経済的な趣味というか悪癖があるんですが、先日引っ張り出した本は山口瞳さんの「酒飲みの自己弁護」でした。
この本をぱらぱらめくっていましたら梶山季之さんの話が出てきました。
亡くなられましたけどこの方は戦後の流行作家の第一人者で、ご存命中は銀座のバーの支払いが月ウン百万とか、何よりその親分気質の気風の良さと、ちょっとやらしい描写のある小説(中学時代、親に隠れちゃ読んだもんですが)で有名でしたよね。
で、その梶山さんがはじめて直木賞候補になって、一人酒場で飲みながら待っている梶山さんに山口さんが選考結果の報告に行く場面があるんですが、待っている酒場が半端じゃない。
あの神楽坂の伊勢藤なんですよ。
いつか私が行った話もメルマガにのせた店ですが、考えてみてくださいあの店で一時間も一人で飲んでいたら、私だったらべろんべろんですよ。
あの店のたたずまいは見事なものですが、主人は口を引き結んで囲炉裏で燗をつけているわけですし、時々燗がついたことを丁寧な口調で客に教えてくれるだけですから、気の小さい当方としてはその凛とした雰囲気に気おされて飲むばっかりになっちゃいますよ。
しかも、梶山さんは緊張しながら選考結果を待つ。
いやきっと、梶山さんってお酒が強かったんでしょうね。