▼イタリア人になろう(蔵元の読書)

「イタリアは、あれしようかこれしようかって、みんなが勝手にどんどん前に進む。とにかくのんびりあくびをしてはいないわけだから、これからは、イタリアワインがどんどん面白くなってくると思います。注目株です」

最近読んだ田崎真也の「ソムリエのひらめき」(河出文庫)の一節です。これって日本酒にとって、今一番、大事なことじゃないですかね。異端を認めない、少しでも自分のもっている固定化されたイメージと違うと拒否しようとする。

少なくとも、販売数量の低下にあえいでいる日本酒業界は、今までと同じようにしてたんじゃだめなんですよ。

もう一つ、イタリアのカーデザイナー内田盾男さんが雑誌NAVIに寄稿した文から。

「日本は先進技術をもっているけれども、消費者の喜びそうな、ちょっと子どもっぽい技術−ナビゲーションシステムでアニメの猫がピョコピョコ動きながらアドレスを教えてくれたり、工夫された包み紙のおかげで手を汚さずに食べる事ができるコンビニのおにぎりなど、それほどではないものに力を傾注しているようなフシがある」「イタリア人はズルそうなわりに計算高くないから、他人に負けない工業製品を作ろうとすると、採算などすぐに度外視してしまう。・・・・中略・・・・しかしこの手の無鉄砲さが、実はアイディア豊かな製品を生み出す原動力になっているのではないのではないでしょうか」

何となく何を言いたいか分かっていただけるでしょ。だけど最近、そんな期待をさせる酒蔵が増えてきたんですよね。特に若い蔵元が引っ張っている酒蔵。「飛露喜」「醸し人九平次」「奥播磨」、いまさらここに引っ張り出すと怒られるかもしれませんが「志太泉」、社長は同年代だから若いとはいえないけどその個性的な一徹さの光る「銀河鉄道」。

好きでやってると広言してる「獺祭」もボヤボヤしてるとおいていかれちゃう。いささか焦るね。だけど、酒蔵って楽しいですね。

最後に内田盾男さんの文からもう一度流用。「情熱がなければやってられない」

イヤー、酒蔵って楽しい。

▼「イタリア人になろう」を実行しちゃいました。(蔵元トピックス)

この秋の造りから遠心分離機を導入します。酒の品質のほとんどは、最初の米の洗米と酒の搾りで決まると言われています。もちろん、これは、技術上ある一定の水準にあることが前提条件ですが。品質上それだけ大事な酒の搾りですが、今までの搾り方だとゴムか布の膜を通さざるを得ず、その香りがつく欠点がありました。また、圧力を掛けなければ搾れない、結果として搾りたくない物質まで搾ってしまい、最終的には酒に混じってしまう欠点がありました。

この点遠心分離機はこれらの欠点をすべて克服しています。それどころか、試験的にテストしたときは、コンテスト様に手がかかっても特別に搾るいわゆる「袋搾り」より香りをはじめとする品質面では優れていました。

ただし、商業ベースでは初めての試みですから、きっと予想されるトラブルの頻発は頭のいたいとこ。それと、まったく圧力をかけないことから、搾れる数量が減ることによる原価アップも頭のいたいとこです。

それと、機械自体のかなり高い価格も。

だけど前項じゃないけど、「イタリア人の様に考えてみよう」と思っている旭酒造ですから、導入することに決定しちゃいました。

この秋の造りの「獺祭 磨き 二割三分」から遠心分離機で搾った製品が出る予定です。

▼獺祭酒蔵蔵元のひとり言
(お酒の情報メールマガジン 週刊 GOSSIに今週号より五回連載しておりますが、その記事の転載です。ダブっている方ごめんなさい)

第2回原稿です。

今日は「獺祭」の旭酒造です
前回のような次第で、酔うための酒から、味わうための酒を求めて、つまり吟醸酒を求めて、酒蔵のモデルチェンジをはじめたんですが、これが大変でした。

まず一つは、高度成長社会直後の、酒は酔うために飲むんで、味わって飲むような人間はキザで鼻持ちならないという社会の雰囲気。なんせ、お医者さんでも、体に良いからと焼酎を愛飲していた当時でしたから。完全に地域社会からは浮いちゃう。つまり、みんなで酔っぱらいあうことによって集団の帰属制を高めあってきた日本人にとって、安酒を痛飲することが男らしい。これは東京も地方も企業社会も農村社会も一緒だったんですけど。そんな中で、品質に優劣があって、味わうということをお客様にもある意味で強制する吟醸酒って、一種の文化破壊だったんですよね。

そんな酒、当時の地方じゃ売れませんよね。ところが、救いの神が現れた。クロネコヤマトの宅急便!

郵政省からいじめられてもモノともせず、運輸省とは裁判も辞さず、政治家のコネを使って自分の主張を通そうとしないので、結果として上納金の入ってこない政治家や、天下り先の確保できないお役人からは極度に評判の悪いクロネコヤマトの小倉会長の努力の結果、全国津々浦々まで、お酒1本からリーズナブルな価格で配達できるようになってきました。

それ以前お酒は1500本単位か4000本単位で鉄道コンテナや10トントラックで運ぶしかなかったんですから。

これで気に入ったお酒を少量、全国のお客さんが手にいれる体制が整ったわけですね。

つまり、私どもにとっても、地域社会の軛からはなされて、全国のお客様が見えるようになってきたわけです。

そんな形で、当時の社会から逆風も受けましたけど、社会の変化にも助けられて、「酔うための酒から、味わうための酒を」なんぞと言っておられる酒蔵になって参りました。ところが、理念は立派だったんですが、何せ、それまで吟醸酒を造ったことの無い蔵が、やみくもに始めたわけですから笑い話もいっぱい。

昭和60年のある日の酒蔵の会話
「おやっつぁん(酒蔵内での杜氏の呼び名)、うちも吟醸酒たら云うのを造ろうじゃ」「だけど、社長、吟醸酒ちゅうモノは難しかろう。僕、造ったこと無いけん。広島の酒蔵で吟醸酒を沢山造れちゅうて、酒蔵の主人から言われて帰った杜氏も居ると聞いとるし」「まぁ、そいでも造って見よういね。普通の酒も売れんようになっとるし」

てなわけで、当時山口県で手に入る唯一の酒造好敵米である五百万石を50%に精白して吟醸酒を仕込んだわけです。

−当時、山口県ではよほど特殊なルートでないと酒米の王者と言われる山田錦は手に入らなかったんですよね。この米を現在のように潤沢に手に入れるため、山口経済連とけんかし、酒造組合と人間関係が悪化し、兵庫経済連からは未だに正規ルートで売っていただけず、農家とトラブルを起こし、はては業を煮やして自社栽培に走り、結果として私どもの看板商品である「獺祭 磨き 二割三分」を生み出すもととなったんですが、この話は別の機会にさせてください−

もちろん、50%精白の酒造好敵米を使った規定以下のアルコール添加の酒ですから、大吟醸と表示できる酒ですが・・・・・

「うーん、うまくない。なんじゃ、こりゃ」
「社長、吟醸酒ちゅうもんは難しいもんなんやから、そんなに簡単にはいかん」

杜氏の説明を聞けば聞くほどわけがわからなくなる。−要は杜氏にもわけがわかってなかったんですけどね−

だけど、救いの神、当時一世を風靡した静岡吟醸の産みの親河村伝兵衛先生のテキスト。そのテキストを大事にふところにいれてもって帰って。「おやっつぁん、この通り、何も言わずに造ってくれ」

その結果。できたんですよ。今から考えりゃ稚拙なもんですが、吟醸酒が。ともかく、下手でもそれなりに吟醸酒ができちゃう、あの河村先生の日本の酒造界に果たした役割はすごい。

だから、未だに、河村先生や開運の土井社長の前にいくと先生や先輩の前に行った生徒みたいな感じになって、どうもお恥ずかしい次第です。

つい、直立不動になっちゃうわけですね。

ま、そんなわけで、少しづつ、少しづつ、今のような酒蔵になったわけです。

その間、発展途上の、うちの酒を、お金を出して、買っていただいた、お客様に申しわけないやら、ありがたいやら。

もっとも、10年先にも同じことを言ってるでしょうが。

もっと言えば、10年先にも、10年前のうちの酒は、と言える進歩のある酒蔵でありたいと思っています。

第3話です

今日は旭酒造です。
まっ、そんな調子で何とか吟醸酒を造ることはできましたけど、研究室レベルじゃなしに、最後はそれがちゃんと商品にならなきゃいけない。

よく、技術力はあるのにそれが商品に反映されていない酒蔵がある。それでは、商品として、どうしたら自分で納得できる酒ができるのか。それこそ、その当時良いと思われる酒蔵の酒を片っ端から見て歩きました。

その結果の結論です。単純ですが、技術は奇をてらわない、教科書通りにやる。ただし、本当にその通りする。できない理由は探さない。

ここまでくれば平均点にはなると計算しました。

さて、これから先をどうやって乗り越えるか。

簡単ですよね、要は原価をかけりゃ良いわけです。つまり良い米と高い精白歩合。ここでほとんど勝負ついてますよね。

米は当然「山田錦」。この米に徹底的にこだわる。当時山口県にはほとんど入っていませんでしたが、あらゆる伝を頼って手にいれました。それと精米。これ、逆説めきますけど、お客様にとって、本当は精米歩合も米の品種もそんなに大事なことじゃないんです。要は、価格と品質のバランス。高い精米歩合とか山田錦は要するに手段なんですね。

うちは同業他社より飛び抜けた技術がない、しょうが無いから、精米歩合と米の品質にこだわるという原価のかかる手法を取ったわけです。

その結果昨年も使用酒米の8割が山田錦、平均精米歩合47%でした。

それと、びん詰方式。ここで酒をだめにしていることが多い。そこで自動瓶燗機を開発して、吟醸以上はすべて香りの残る瓶燗方式としました。その製品は出荷まで、総計200平方メートルの冷蔵庫に保存されます。つまり、他社と比べて10点低い75点の酒しかできなかったとしても、ここで15点のアドバンスが得られれば、5点高い点数のお酒がお客様にお届けできるわけです。

その考え方の延長線上として今年は、コンテストレベル品質のお酒を実際にお客様の手元に届けることを目的に業界初の遠心分離機を導入します。(従来はコンテスト用に特別に搾った酒は限られた関係者だけで観賞評価されていました。)

おかげで酒蔵の売り上げに占める原価コストと設備投資の割合はめちゃくちゃ高い。

酒造メーカーの全国平均の統計値よりはるかに高い。

私どもの決算書をみたある中小企業診断士の先生は、すぐうちの指導を受けて数値を改善しないと3年でおかしくなるとおっしゃいました。

それでも酒蔵の経営が成り立つのは、続に言う販売管理費が極端に少ないからです。

つまり、セールスはいない、電話番はうちの女房の兼務、造る人間しかいないわけです。それと、ちょっぴりは遠い明日を目指して夜明け前の道を歩いたんですよ。その意味じゃ、中小企業診断士の先生の現状分析と診断は当たってたんですよね。

だけど好きでやってんだからしょうがないですね。趣味ですから。