▼続アル添吟醸?純米吟醸?

メルマガの発行間隔があいて申し訳ありません。前回の「アル添吟醸?純米吟醸?」のメルマガに何人かの方からご意見をいただきました。

少し舌足らずな点があったので、私の基本的な考え方を時間をいただいて整理し再確認しました。自分だけではなく、日本酒業界全体に対する私の考えは、「みんなちがってみんないい」なんです。

酒蔵といえども企業ですから、自分の実情と理想に合った自分の選んだ道を行けば良いし、結果としてその選択により生まれるリスクは自らが背負うわけですから、下手に規定せず、何でもありでいいんじゃないでしょうか。純米もアル添も同じジャンルと強弁したりアル添をいかにも存在しないもののように無視するからおかしくなるんで、ワインにポートワインやシャンパンがあるように、アル添があっても純米が合っても良いんじゃないでしょうか。

その1例としてですが、10年以上前、バブル華やかなりし頃、人手不足で悩む地方の土建業界にジャパゆきさんと称されたフィリピン人の方が作業員として大挙流入してきた事があります。

土建業者の監督らしい人に連れられて居酒屋にきている彼らとその監督の片言の日本語と片言の英語の会話を、大学で人の倍の4年間も英語を勉強した私が横で聞くともなく聞いていると、(何の事はない落第しただけです)こんな事を話していました。「日本に来て感心したのはパックに入っている日本酒のうまくて安い事。焼酎は安いけど味が感じられないし、あの価格であの味はフィリピンにもない。」

低価格酒の事を話していたようですが、当時そんな酒から脱皮しようとしてもがいていた私には新鮮な驚きでした。「あ、そうか、それもあるんだ。お酒に絶対的品質は求めないけど適当に酔えば良いんだという、その程度のニーズにはちゃんと安い酒でも一定品質を確保しているんだ。」自分のとこの酒蔵の規模でこの声に応える事は出来なくとも、規模の大きなメーカーが応えれば良いし、切り捨てちゃいけないんだなと考えを新たにしました。

話が横道にそれたついでにいえば、ぜひ大手メーカーは安い外国産米の輸入の問題や、ワインなどと比べて不当に高い酒税などの問題を解決して、1.8リットルで300円以下の日本酒にチャレンジしてもらいたい。そういう酒にアル添・三増大いに結構じゃないですか。

ま、他人の事はさて置きまして、まんが家の高瀬先生からこんなメールをいただきました。

−アル添酒うんぬんの論争は古くからありますが、世界に日本酒を売ろうという時代にあまりにも情けない論争ではないでしょうか。どの本や文献を見ても日本酒は「醸造酒」と書いてあります。「醸造酒」というなら、アルコール添加は100%ありえないわけで、論争以前の問題ではないでしょうか。戦後の代用品の正当化に走るだけのメーカー理論には笑うだけです。小生のHPにも書きましたが、生貯蔵酒と生詰酒はイコールで結ばれています。これって一体何難でしょう。あまりにも消費者を馬鹿にしていませんか?−

正に硬骨漢高瀬先生らしい意見で、額から上がっている湯気まで見えそうな文章ですが、だけどズバリこの通り正論なんですよね。つまり、純米が正しいとかアル添がおかしいとかじゃなくて、それを吟醸のかおりの問題や柱焼酎の話の中にうまく隠してしまおうという業界論理に反論されているわけです。

また、生酒と生貯蔵・生詰酒の問題を見ても、その通りで、理屈から考えれば、製品そのものの説明をしている生酒という呼び方と、製造過程の説明をしている生貯蔵・生詰めという呼び方はまったくちがう種類のものです。それを同じジャンルのものにいれてしまおうとする業界論理におかしなとこがあるんですね。

それじゃ、奇弁を労してもそれほどまでに同じものとの印象を酒造業者・流通業者が得たい生酒が本当に品質として優れているかというと、決して優れていない。

絶対品質という点からいえば、あれはしぼりたての一時期は存在意義はありますが、現在の段階ではそれ以外は必然性がない。酒造業者・流通業者が、ビールの生ブームに触発されて、販売テクニックとして開発したようなところがあります。

いろいろな問題はあっても今唯一同一の土俵で絶対品質の優劣を競う場となっている鑑評会の出品酒が、火当てしなければ勝てないといわれているのを見れば、生酒と火当て酒のどちらが優れているかは一目瞭然です。だから堂々と火当て酒の優秀性を主張すれば良いんです。

同じ事で、純米とアル添が同じジャンルと考える必要がないんですね。高瀬先生が新まんが教室「清酒は日本酒か」という作品の中で書いておられるようにアル添酒はリキュールの一種として分けてしまえば良いんですよ。

ただ私の言いたかった事は、私どもは純米酒推進協会でもアル添言い訳協会でもありません、いわんや同業他社を批判したり出来るほど立派な者でもありません。私どもの姿勢というか、よりよい酒を限られたコストで造り出したいと考えた結果として、現在の選択枝では、純米吟醸が優れていると考えているというだけの事です。

つまりこういう事です。アル添吟醸が優れていると言われてきた背景には、戦後徴税上の問題からアル添せざるを得なくなった日本酒を官民あげてアル添技術の面から研究開発したからで、決して純米吟醸も同等の開発努力をしたにもかかわらず劣っていたという事じゃないんだと思うんです。

結果としてアル添技術の申し子として育ってきた現在のベテラン杜氏達がアル添が上手で、純米が下手なのは当たり前で、経験からくる情報量に圧倒的な差があるからです。だから反対に言うと、アル添の経験の少ない私どもの社員が酒を造ると純米吟醸の方がアル添しなくていいからもう一つ単純で楽なんですね。要は醪が切れるだけ切らせば良いだけですから。

私どもは純米吟醸とかアル添吟醸というものに仕えているんじゃなしに絶対品質に仕えようとしています。という事は、もしかすると明日、アルコールや糖でなく塩を添加すればより良い酒になる事が立証されれば、塩をいれた酒を造ると思います。私どもは与えられた条件の中でより良い品質を求める事がすべてと単純に考えています。

最後にお恥ずかしい話をしますと、もしやと思ってみたら私どもの商品に1種類生貯蔵と表示した商品がありました。本日から表示を訂正します。

最後の後に書くと怒られちゃうんですが、高瀬先生ありがとうございます。日本酒業界にいつも熱いエールを送っていただいています。この話をするともっと怒られちゃうんですが、個々の酒蔵は別として日本酒業界全体は構造的に外から圧力がかからないと変わらないところがあります。何故かと言う話は日本の社会全体の成立ちから生まれてきたところもあって、いつか詳しくお話したいと思うんですが、ともかく、少しづつでも変わっておりますので、これからもよろしくお願いします。

▼今、酒蔵では

酒造りが始まりました。年内は1本だけアル添酒を造って後はすべて精白50%以下の純米吟醸と純米大吟醸の仕込みの予定です。夜中に起きて目がさえて寝られなくなっても、酒蔵に行って1本1本のもろみの醗酵状態を見ていると、差し向き仕事をした気になっちゃって一応達成感があります。どうもこういうのは酒造りに淫してるというんですかね。11月中旬からまず獺祭のにごり酒という形で新酒が出せると思います。

▼旭酒造の商品紹介

獺祭 磨き 三割九分・純米大吟醸・山田錦・精白39%・アルコール度数15.9度
1.8l 4175円 0.72l 2087円
酒杯に鼻を近づけるとわき上がる芳醇なうわだち香と、口に含んだ時の純米らしい味の厚み、非常に洗練されているが一面人工的な感じのするアル添の吟醸酒と比べて、いい意味での土臭さ、大地のかおりを感じる酒です。結果がすべてと思っている旭酒造のお酒ですから、ぜひ、良いか悪いかで判断してください。お客様に「あ、良いねぇ」と言っていただくために造っております。