今年の酒造りも中盤戦に突入しましたけど、仕込みのほとんどは純米大吟と純米吟醸です。
だけど、昔からこんな純米吟醸ばかり造っている蔵じゃなくて、以前は1・2本の鑑評会の出品用の大吟醸を除けばすべて普通酒を造ってた蔵だったわけですが、私が父から酒蔵を引き継いだこの15年で変わってきました。これは、私どもの蔵から出る酒は「酔っ払うためで無しに味わえる楽しみを得る事のできる酒」でありたいという思いがあったからですけど、このあたりの方向性を決めたきっかけに子供の頃に接した本や映画があります。
その一つとして「スパイの話」を。
最近シャンパンがちょっとしたブームだそうです。ちょっと気取ってシャンパーニュと呼ばれたり、若い人の間でラッパ飲みがはやったり。かく云う私も同じ醗酵させるジャンルの酒を造る者として、シャンパンを非常に興味を持ってみてきました。もちろん結婚式なんかで出てくる、炭酸と酒が離れているために感じる苦味を甘さで隠してるスパークリングワインなんか論外ですけど。(せっかくの結婚式に日本酒じゃなしにワインを乾杯酒に選ぶならせめてもっと良い酒を選ぼうよ・・酒蔵のひがみ・・か・・・)
んで、酒屋さん覗いてて、気になったのがあると買って帰るんですけど、今、冷蔵庫に転がっているのはブーブ・クリコ(品質で選んだんじゃないんですよ。あのシャンパンバケツ代わりにもなる箱に惹かれて。ミーハーなんだから!)
だけどブーブ・クリコの名前ではじめて記憶に残っているのはあのイアン・フレミングのベストセラー、007シリーズの中でも最高傑作といわれる「カジノ・ロワイヤル」(映画化名は「ロシアより愛をこめて」)。この中で主人公のボンドがロシアの女スパイと食事するときに頼む酒がブーブ・クリコです。
翻訳文ではただの「クリコの何年もの」とかいてあったので、当時中学生だった私はグリコのキャラメルのイメージからキャラメル飲料のようなもの(!)をイメージしてたんだから、どうしようもないんですが。ま、とにかくわかんないなりに一生懸命読んだんですよ。
「髪の毛はまっ黒で、それを首筋のあたりでまっすぐ切りそろえている。その髪が顔の輪郭の背景になって、その下はくっきりした美しい顎の線。厚みのある顎で、頭と一緒に動かしても、いつももとの位置に引くことはせず、そのまま突き出していることもある。目は左右に大きくひらいていて、深みのあるブルー。ちょっと皮肉な冷ややかさを匂わせて、大胆にボンドを見かえす。」なんて女性と「キャビアとうんと小さなひれ肉を生焼きにしてベルネーゼソースと小いもを添えたの、それからちょっとフレンチドレッシングをかけたわになし」なんて食事をシャンパンと一緒にとっちゃうですから。
そりゃ色気盛りの中学生は引き込まれますよ。
シリーズの最後あたりに日本を舞台にして「007は二度死ぬ」(浜美枝が共演の女優に選ばれて映画化されましたよね)が出されたんですが、そのフレミングの日本取材旅行記が早川書房から出版されたことがあります。もちろん、当時重症の007フリークにかかっていたにきび面の中学生の私は隅々まで何度もむさぼり読んだんですが。
その旅行記の中でフレミングは、日本酒にふれて「暖めて飲む酒で、その味わいはりんご酒に似ている」と書いています。それと同時に文中に菊正宗と月桂冠が出てくるんですが、菊正宗はてんぷらに、月桂冠は刺身に合うとかいております。ワインを料理と合わすのと同じように酒にも同じような楽しみ方があると教えてくれた最初の機会でした。
有名なシーンですが、同じ「カジノロワイヤル」の中で味方であるアメリカCIAのスパイに化けたロシアのスパイとボンドが食事する場面で、肉料理に白ワインをあわせた相手を見て、共産圏からきたスパイとボンドが見破るシーンがあります。
私にとっては憧れのヒーローである007が小説の中でかっこよく楽しむそのワインと同じ楽しみ方のできる要素が日本酒にあるということはその後の酒を造るにあたって大きななにかを与えてくれました。
実際自分が酒を造り始めたときニキビ面の中学生の原体験が立ち戻ってきて、そんな飲み方をされる酒を造りたいと思い始めたわけです。
ただ、自分で酒の業界に身をとおじて、酒と料理の相性を見てますと、ワインほどは日本酒は合わす料理を問わないと思っています。この話はそれはそれで長くなりますので、次回としたいと思います。
話を酒と料理の相性論から引き戻しますと、要は、かっこいいと感じる食事のシーンにふさわしい酒を造りたいと思ってきたわけです。酔えればいいんじゃなくて味わう楽しみを得ることのできる酒でありたいという「獺祭」の今のスタイルを形づくる上において大きな影響を、もしかすると日本酒業界の伝統的な何かよりももっと大きなものをこの女王陛下の冒険活劇小説から受けた気がします。
だけどきっかけはミーハーでも酒造りの心は熱いですからよろしくお願いします。
▼旭酒造の商品紹介
獺祭 遠心分離 磨き二割三分(ミーハーついでにもう一つミーハーな話を)
1800ml 10,000円 720ml 5,000円
自社の田んぼで山田錦を作り出したときに、せっかくの米だからなんか違うことやりたいという話から最高の磨きの山田錦で酒を造ったらどうなるだろうとはじめたのがきっかけです。しかも、最初は25%が日本最高と思っていたんですが、他社に24%の酒があると聞いて23%まで磨きなおしたというドタバタぶりで。(だけどこの最後のたった2%を磨くために24時間かかりました)ただ、ミーハーなきっかけから造り始めた酒ですが、何より恐ろしいお客様のきっと良い酒に違いないだろうという期待とその期待の外れたときの厳しい声に支えられて、その精米歩合にふさわしい高い酒質をあちこちによろめきながらも目指してきました。感動してもらえるお酒を目指して、今年から遠心分離というまったく新しい技法で搾っています。
▼おしらせ
小島のり子さんというジャズフルート奏者から新しいCDが出るとご連絡いただきました。中にOtters‘Festというタイトルの曲が入っているそうです。私どもの出している「オッターフェストビール・獺祭」をタイトルのヒントにしていただいたそうです。アルバムタイトルは「春の如く」、アーティスト名は小島のり子、CD番号はWNCJ2102です。定価¥2,800で4月18日発売、全国どこのレコード屋でも購入可能だそうですからよろしく。