▼蔵元日記(蔵元の悲憤慷慨・その後反省)

届いた郵便物の中から妻が見せてくれた一枚のポスター。中で塩田丸男さんがあの人らしいあったかい笑顔で微笑みながらぐいのみを持っている。キャッチコピーは「山口の酒をどうぞ」(だったかな?)。この春に山口県の企画で行われる山口県産酒の振興キャンペーンのポスターです。思わず、電話をとって県の担当課のOさんに電話をかけてしまいました。

「旭酒造の櫻井です。これはクレームなんですが、あのポスターはまずいんじゃない。ただタレントを使やぁ良いってもんじゃないでしょ。」

さすがにこんなポスター金の無駄遣いとまでは言いかねました。

「あ、旭酒造さん。ご無沙汰してます。」とOさん。

そうなんです。結構顔見知りなんでやりにくいんですよ。

そこは顔見知り、「うん、まあ、なかなか良い人がいなくてねぇ。また気がついたことあったら教えてくださいね。」というOさんの返事ですんじゃったんですが。(さすが県庁マン、私のぶしつけな電話にも決して感情的にならずやんわり受け流してくる。)

もっとも私のほうも、何がいけないかはっきり指摘できなかったんで迫力不足もはなはだしかったんですが。だけどほんとはこういうことです。

このキャンペーンは山口の酒の振興のためにやっている。それなら、本当に山口の酒のためになる企画とすべきじゃないでしょうか。塩田丸男さんが悪いんじゃない。はっきり言えば、好きなキャラクターの人です。だけど、写真のそばの山口の酒のコピーを島根の酒と書き換えてもいくらでも通用するような、「イメージポスター」を高い金掛けて今作ることが必要なんでしょうか。

たとえば、いま山口の酒にとって必要なのは、山口県の酒として他県の酒と比べたときどんな顔を持つんだ、どんな理想を持っているんだ、それに向けてどんな努力をしているんだ、そんなはっきりした個性と内面的な考え方の確立のほうが必要なんで、こんなポスターじゃないと思うんです。極端に言えば、県内酒蔵各社の社長用の思索道場のほうが必要なんですよね。

つまり、このポスターに私が抵抗を感じたのは、適当にどうでもいいから何でもかんでもそれらしいものを企画して予算から取れるだけ取ろうという広告代理店や企画会社の商業主義と、専門家という衣に惑わされてその企画案が通ってしまう現実と、自分の金じゃないんだから、ただなら黙っときゃいいわという私たち自身の姿が透けて見えたからです。

つまり、本当の目的を離れて企画だけが業者の金のなる木として一人歩きしている現実に対してです。これは地方の町おこしイベントや町おこしのため企画された様々な施設でよくある現実ですが。

今、世の中に付加価値ともいえない本質価値とはなれたあまりにも不必要なものが多すぎる。それに寄生している人間や会社が多すぎる。その人たちの現実の社会に対する不誠実が目にあまる。消費市場でも同様で消費者を混乱させ、不必要に欲望をあおり、いらないものまで買わせようとする、それがこの社会の正当な努力や勝ち組への道のように言う。

まさにこんなこと続けていたら、このままだと資本主義社会も、共産主義社会に続き崩壊するに違いない。不必要なものや不当に高いものを消費者が買わなくなったから不況だ不況だと騒いでいるようですが、それだって消費者が賢くなってだまされなくなっただけじゃないですか?

えらい話が大きくなってるんでお酒の話に戻りますが、二合飲んだら満足する酒を三合飲ませることが正義ですか?三合飲ませなきゃ酒蔵がもたないんなら、もしそれが私どもの酒蔵の実情だったとしたら、社会的に必要ないんだから、そんな酒蔵さびしいけどつぶれても仕方がない。

私が「お酒って、体調の悪いときはおいしくないんだから飲まないほうがいいですよ、美味しいと思う酒を美味しいと思う量だけ飲んだらいいんで、たくさん飲むのがえらいわけじゃないですよ」というと「酒屋がそんなこと言っていいのか」とみなさんびっくりしますけど、私が言いたいのはそういうことです。

ライオンでも腹いっぱいになればそれ以上は獲物をとらないといいます。私たちもその心が必要じゃないでしょうか。それと、人の欲望を過度にあおることにより自らの利益をさらに取ろうとする欲に取り付かれた人種を見極める力も。高品質だけど質素な生活。本当に優れたものを自分に必要な量だけ消費する生活。今社会に必要なのは、旭酒造が「獺祭」を通して主張するのは、そんな社会です。

「それにしちゃあんた、時々外でえらい沢山酒飲んで帰るけどどうして?」妻の声。

男には付き合いがあって、時々は羽目をはずすことも必要なんですよ。

心の平安のために。ほんとに。「ほんとなんだってば・・・・・・・・・・。反省してます。」「反省(半升)しつつ、半世紀、少々(升升)呑み続けてまいりました。」

こんなこといってるようじゃ、反省が足りないようですね。反省の足りない皆さん、反省の足りない者同士今度反省会しましょう。私、酒抱えていきますから。


▼蔵元の読書

「杜氏になるには」石田信夫著 ぺりかん社 定価1270円+消費税 

ぺりかん社の「将来何になりたい?」いろいろな疑問に答える職業案内のシリーズの杜氏編、ご存知中国新聞酒類部(本当は文化部)記者、石田信夫さんの書いた、杜氏になりたい人対象の入門書。

バランス感覚に優れた著者らしく、地酒メーカーにも大手メーカーにも偏ることなく、杜氏の仕事を通して酒造りという仕事をわかりやすく解説しています。

杜氏になりたいという人だけでなくても日本酒に興味のある方が読まれても面白いと思います。実を言うと私にとっても、よその酒蔵の作業手順や内容を覗くことができて、興味深かったんです。(杜氏のいない酒蔵を目指す蔵元にとっても、作業標準を作る手助けになるかも?)


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