今年も秋の訪れと共に酒の造りが始まりました。

今年はちょうど百本のもろみを仕込んで千石強の酒を造る予定です。

使用する米は約四千百俵。製造計画はパソコンの表計算を使って作成しているんですが、最後に集計キーをおしてびっくり。

だって過去最高に全国で日本酒が売れたという昭和50年に旭酒造も過去最高の二千石を造っているんですが、そのときに使った米が二千俵。つまり、当時は米一俵で酒一石を造っていたんですね。それが今は米四俵で一石の酒を造っている。(酒一石は1.8リットル百本、米一俵は60kg)

昔は糖入りのアルコールを添加した酒ばかりだったのに対し現在は旭酒造の製造する酒のほとんどが純米吟醸だから当たり前ではありますが、ちょっとびっくり。

この計算式の中で蔵内の平均精米歩合も一緒に出てくるんですが、これも44%、全国平均が73%ですから数字になってみると今更ながらこれもびっくり。

ただ、百本のもろみの仕込みとなると通常の千石蔵の約二倍の仕込み本数ですから製造の各担当者にかかる負担も大きいといえます。しかし今年は少し仕掛けがしてあります。というのは精白によっての違いはありますが仕込みの種類を純米大吟醸と純米吟醸の二種類の仕込みだけに単純化しているからです。

つまり、普通、本醸造があったり普通酒があったりして、その間に吟醸酒の仕込みがあり、その度に仕込みのやり方を変更する必要があり、大変なんですが、その点では今年の旭酒造の仕込みは毎回ただ一点の理想的な吟醸仕込みだけを追っかければ良いわけで、如何にその目的に肉薄できたかだけが問題になるわけだから単純なんです。

ただ一点の理想を追っかけるというその点では確かに大変かもしれませんが、極端に言えば製造コスト上の問題も他社ほど考えなくて良い、後ろ向きの煩雑な悩みは担当者の段階ではなくなるということです。

ところで、ここまでお話しますと、それじゃあお前のところは普通酒も本醸造も造らないのかと言う事になりますが、待ってください、少しではありますが、まだ地元で普通酒を買ってくださるお客様もいます。そのお酒はどうする計画かというと、純米吟醸の失敗待ちです。

ただ一点の理想を追わせるわけですから失敗する確率は高い。そのもろみを本醸造や普通酒に落とす、それによって純米吟醸そのものの仕上がりレベルも保とうという作戦です。

仕込みの違いによる米代金の差をこの単純化による各部門担当者の負担軽減は補って余りある利益を私どもにもたらしてくれるはずです。

ここまでお話しますときっと製造現場に立っているとき私はふっ切れているとお思いでしょうが、これが話す事と実際は大違い。

「あそこでこうすりゃ良かった。ああすりゃ良かった。」そんな結果論の私の繰言も製造が始まると同時に始まります。もろみは絶対思うとおりになりませんから。

眠れない夜や、夜中に我慢できずおきて行って思うとおりにならないもろみを見ながら二日前にやった(今となれば選択ミスとわかっている)操作を悔やみながら、どうしたもんかなどうやって戻すかなやらなきゃよかったとグチグチとと苦悩する夜がいく晩か。

よめはんは呆れてみていますが。(酒蔵の主人というのは明るい家庭を目指す旦那を求める方には不向きです)

これで酒蔵はイタリア人のように考えようなんて言ってるんですから、発言と中身の違うことおびただしい。

勿論社員も大変なんです。この酒が目標とするところまで到達していないのは、誰がどこで何をやってしまったからか・何が足らなかったからか・何が過剰だったからか、原因を全てあからさまにしないと気がすまない。

これ、日本的な組織の中では大変なことですよね。私は個人の失敗を責めないと言ってるんですが、そこまであからさまにされれば、聞く当人にすればずっと責められてるのと一緒ですから。(ほんとにうちの蔵の人間に同情しています)

だけど少しだけ言い分けさせてください。

私は酒蔵のみんなにミーティングでよく歴史 特に太平洋戦争の頃の話を例にとって話すことが多いんですが、(皆また始まったみたいな顔をして聞いています)、太平洋戦争を会戦した責任、負けた責任、(勿論調子に乗っちゃった国民みんなの責任は大きいんですが)、ノモンハン事件や満州事変の失敗にも目が覚めず、この日本を戦争に引っ張り込んだ時の首相である東条英機の責任は非常に大きいと思っています。

だけど歴代の首相の運転手を勤めた方の話を読むと彼は非常に評判が良い。部下や周囲への気配りの素晴らしい歴代の中でも特に人格者だったそうです。

政策決定にも、周囲や部下の立場や面子を大事にして、自分が決定したことによって周囲の人が傷つくことの無い様に気配りの細やかな人だったそうです。

だけどその気配りのきいた政策の結果によって百万単位の国民(それも半数以上は非戦闘員)が命を失うという悲劇を巻き起こしました。

首相と酒蔵の主人は一緒にはなりませんが、政治も酒も結果が大事。

結果を出すためには、個人の感情を犠牲にせざるを得ないところがあります。(それも、物足りない設備だったり人員配置だったりしてることに目をつぶって、社員の仕事の出来不出来をあげつらうんですから、地獄へ堕ちろですね)

今年もこんな罰当たりの酒造りが始まります。


▼純米酒フェスティバル(於 椿山荘)

10/7に東京目白の椿山荘で開かれた純米酒フェスティバル。大変お世話になりました。私も「獺祭」を抱えて参加させていただいたんですが、このメルマガを読んでいる方にも何人か声を掛けていただき、なんか同志にあったみたいな気分でありがたく感謝しております。

その折に、酒が足んなくて試飲だけのお願いをさせていただいた方、本当に申し訳ありません。この会は試飲とは別に参加しているどの酒蔵の酒とも交換できる券が5枚渡されて、券と引き換えにグラス一杯の純米酒を飲めることになっているんですが、最初に気前よく出しすぎた所為で、午前中の会の途中ですでに酒が最後まで持ちそうに無い状態になってしまいました。皆さんに味を利いていただこうとするなら、それ以降は試飲だけということで進まざるを得ませんでした。

特に美人の方にお断りするのは身を切るようにつらかったんですが。(隣のブースが例の美人蔵元今田酒造さんだったんですが、さすが鋭い。私の挙動を見て「女性に甘いんですねぇ・・・・!!」とあきれられてしまいました。)

ただ、これでも昨年の1.5倍のお酒を会に持ち込んでいました。すいません。言い訳とお詫びとさせていただきます。

また、4月に同じく椿山荘で春の部が開催されると思いますので、その時には今年の新酒が全商品でご案内できると思います。傾向も(そして、私が言っていることがちゃんと達成できているかどうかも)わかると思いますので宜しくお願いします。