「また、社長の新車が遠のく・・・。」ある社員の言葉です。なぜこんな言葉が彼の口から出たか。前にこのメルマガで書きましたように、旭酒造の社長用車は1600ccのホンダのセダンです。以前乗っていた、あまりに壊れるマセラティにごうを煮やして、普段履きに買ったホンダが、マセラティを放り出した後も、10年20万キロを超えて私の忠実な足として活躍してくれたことをご記憶の方もいると思います。あそこで壊れないことをあまりにほめすぎたのか、それとも実用的だけど官能的じゃないと形容したのに臍を曲げたのか、少しづつ不具合が出てきました。
まず、天井の塗装がはげはじめました。「私は人前で乗るのが恥ずかしい」なんていう妻の言葉もこのあたりまでは無視していたんですが、とうとう夏を目前に控えてエアコンが壊れてしまいました。さすがにエアコン無しで日本の猛暑を乗り切るのはつらい。日頃「男という生き物は変な酒造機械をいっぱい買ったり、家で飲みゃ良いのに高い金払って他所で飲んで、どうしようもない浪費家」で、男に決定権を与えると酒蔵は一月たりとも経営が持たないと思っている妻(かなり正しい!)からも「そろそろ車を買い換えたら」なんていうありがたいお言葉をいただいて、次の車を探し始めました。これが、なかなか悩ましいことでして、まずせっかく買うんだから本当に気に入った車を買いたい。しかも金はないから高価な車は乗れない。だけど見栄はある!!
もっとも、車は高ければかっこいいんじゃなくて、その人に似合うかどうかと思うんですね。たとえば、銀座の松坂屋の裏あたりから白いベントレイに乗ってお兄さんが出てきても、その筋のお兄さんに見えるか、「金があるんだろうなぁ。畜生!」とは思ってもお洒落には見えない。(かなり貧乏人の僻みが出ている感想ですが)
も一つ言えば、私達の青春のヒーローであるアラン・ドロンも映画の中であまり高価な車には乗っていない。アラン・ドロンも中年の頃になると役柄も少壮の青年大臣だったり、暗黒街の顔役だったり、収入は当然かなりあるという設定なんですが、乗っている車はフィアットやアルファロメオのセダンかなんかで役柄からすると質素なんです。それにカシミアの黒のコート(これは高そうな)かなんか着て運転手無しで乗り込んでいく姿がかっこよかったですね。当時日本ではみんな収入と比べて分不相応に見える「ハイソ・カー」(こんな言葉ありましたよね)なんかに乗っている姿がなんか無理があると感じていましたけど。
も一つ、身近なところで言えば、このメルマガにも何度か登場いただいたあの10年生古酒の名酒「銀河鉄道」を造る亀岡酒造の亀岡社長があの風貌でトレードマークの白衣と輪ゴムのバンダナ(?)姿で「この車、人にもらったんですらい」なんて言いながら、ドアがそろそろ錆びて落ちそうな水色のVWゴルフのドアをばたんと閉めて走り去る後姿がまためちゃくちゃかっこいい、というか亀岡社長らしいというか・・・・・。
と、言うような次第で、毎晩寝付く前に寝床の中であれが良いかこれが良いか悩ましくもうれしい選定作業の結果、漆黒のアルファロメオ、それも真っ赤なレザーの内装のスポーツクーペに決定。「よしよし、これこれ、これなら右ハンドルで女房にも乗れそうだし、次の日曜にディーラーに行ってみよう」と思いながら寝付いた次の日、女房が私にこれから5年間の資金繰り予測表を持ってきました。「ウン、なかなか良い。(当たり前です理想的に書いてあるんだから)この予定で行くと毎年財務状態も改善されていくし」なんて見ていて、目が点になりました。
「オイ、これ、設備投資額が計算に入ってない!」
「何、言ってんのよ!一体どこにお金があると思ってんの!」怒りの妻の声。
「シュン」
だけどいくらなんでも設備投資がない酒蔵が成り立つか?将来性があるか?今、考え付くだけで、醗酵室の断熱のやり替え。酒母室の恒温化。麹室の改造とコントローラーの設置。瓶燗機の改造。もろみや麹品温の情報をオンタイムで社内・社外問わずどこでも見れるようなシステムの構築。大吟醸の仕込タンクの増設。遠心分離機の24時間稼動を可能にするための周辺機器の増強。今年すぐやりたい設備、これだけでざっと計算してウン千万円。その上、もっとも大きな金額を食いそうな、これからの人材育成。資金繰り予測表を精査(?)した結果、「うーん、新車は無理だ・・・・。」もちろん、新車の一台や二台でまかなえる話じゃありませんし、個人所得と酒蔵の経費は別ですけど。「やっぱりねぇ・・・。」出す原資が無きゃ、手っ取り早いところ自分の懐を当てにするのが一番確実ですからねぇ。こんな話、社員の前でしたわけじゃありませんけど、新たに入れた麹の水分計測器のテストを見ている私の前で、やっぱり臭うんでしょうね、社員から冒頭の一言。
で、ホンダはどうなったかと言いますと、大枚ウン万円を払って、エアコンを直して次の車検まで乗る事にしました。酒蔵を続ける限りは貧乏と縁が切れない!!今回の結論です。すいません、だけど酒蔵は面白い。
▼最近の話題2題
モンド・セレクションで金賞をいただきました。ベルギー王国が開催する食品コンクールで、私と同年代の方はグリコアーモンドチョコレートでご記憶の方も多いと思います。よく社内で、こんなことを話しています。今のように「獺祭」という純米吟醸酒を数は多くないけど理解していただけるお客様に全国に少しづつ売る旭酒造のスタイルが20年前に予測できなかったように、このまま正常進化しようとすれば、今は信じられないだろうけど、20年先に現在のスタイル・理念のままで世界のこだわりマーケットに「獺祭」が売れていなければそのときに旭酒造は存続できていないだろう。
このコンテストは、その助けになるんじゃないかと思い昨年から出品し始めたものです。今年の授賞式はパリだそうですから「おらも花のパリさ行こう」と思い、安いチケットを探していたんですが、同じ日にどうしても外せない方の息子さんの結婚式と重なってしまいました。うーん、残念。
もう一つは今月発売の雑誌「ダンチュー」で涼を求める日本酒特集ということでその一つとしてにごり酒を取り上げています。いかにも冬の風物詩のようなにごり酒が夏の酒というのも奇異に思われる方がいると思います。だけどこのリポートを書いた藤田千恵子さんのお話を聞く機会があったんですが、なるほどなぁと思われる理由がありました。
にごり酒は通常の清酒と比べてそのにごり部分にビタミンB群など栄養素がバランスよく入っていて、夏バテなんかに効くというんです。
そういえば、わが尊敬する東京農大の小泉先生も阿川佐和子さんとの週刊文春の対談の中でにごり酒とアルコール以外は良く似た成分をもつ甘酒を取り上げて、「甘酒は今の点滴液の成分に似て栄養のバランスが良いため、昔は一番お年寄りの死亡率の高かった夏に飲ませる習慣があった。だから今でも俳句の世界では甘酒売りは冬ではなく夏の季語なんだ」とおっしゃっておられました。何より、にごり酒や甘酒に多量に含まれる「こうじ酸」は化粧品の材料として、老化した皮膚の若返りや髪の発毛促進に効果ありといわれ、ずいぶん使われています。しかも活性のにごり酒が瓶内で二次醗酵するために自然に生まれる炭酸による発泡性は暑い夏にはなんとも清涼感があって美味しいものです。うちは地ビールも造っていますので、私が言うのは変かもしれませんが、ビールなどの水物の大量摂取に疲れた体に、ちょっと美味しいにごり酒を飲むと「うーん!にごり酒は体にやさしい」って実感しますよ。
夏バテの皆さん、夏バテしてないけど美味しい酒を飲みたい皆さん、にごり酒を今年の夏は楽しんでみてください。