前回・前々回とテレビ番組の件でお騒がせしました。私どもにも勿論結果は分っていなかったので、「まさかねぇ」とは思いながら、会う人にはその「まさか」になることもあると指摘されるし、結構内心ドキドキした数週間でした。
で、出演者の正解確率が五人中三人と何とか面目を施してホッとしたんですが、この番組が放映された後、獺祭の価格が二万六千円(!)と放送されたこともあり、この番組を見た方から色々反響がありました。(獺祭の磨き二割三分でしたから希望小売価格は箱入りで一万円)
最初にかかってきたのは一般のお客様です。「いったい、オタクの酒はいくらするの?」と言うものです。よく聞いてみると、人から獺祭の50をもらった由。(一升瓶で二千五百円)無理もない話で、くれる方もその金額だから「良い酒見つけたよ」なんてノリで気軽にくれる、もらう方もその辺りが分るから気楽にもらう、ところがその気軽なパーソナルギフトのはずが一本二万六千円じゃ洒落になんない。今まで、気軽に付き合ってきたのは何かの思惑があってのことで、もしかすると「鈴木宗男」じゃないけれど何かとんでもないことを要求されるんじゃないか。とか、無理ないですよね。希望小売価格をお話して、一件落着。長年の友情が壊れることも無く、めでたしめでたし。
次に来たのはやっぱり酒屋さん。「俺の知らない。まだ隠してある獺祭があるのか?あるならよこせ」と言うものです。ま、これは説明すれば納得いただけるんですが、やはり、価格の与えたショックは大きかったようです。価格そのものは、どうやら番組スタッフの行く飲食店の価格だったようで、ディスカウントストアのプレミアム価格ではなかったようです。旭酒造も有名税を払うようになったと言うことならうれしい限りですが。
ところで、自分の蔵をそれなりの価格で出て行けばあとはなるべく安くお客様の口に入る方がいいと思っている当方としては残念な話ですが(こら、こら、酒販店さんや飲食店さんをなんと心得ておる;天の声)料飲店の価格は普通の小売価格と比べてどうしても少し高くなるようで、これは世界共通のようです。フランスのレストランでも小売価格の2.5倍程度の価格がついていて、フランス人は高いワインは自宅で飲むとか言いますから。
だけど、この辺りの価格のつけ方はまあそれなりに高い家賃や人件費を払っている飲食店の経営内容を考えた時、無理もないかと納得しているんですが、数年前にびっくりするような現実を突きつけられたことがあります。
ある老舗料理旅館の女将がやってきて「旭酒造の酒を扱いたい」と言うんです。これが美人なんですよ。若い時の山本陽子みたい。こっちは美人を前にして日頃の顔ところっと変わってにこやかに「それでどんなお酒をご所望なんでしょうか」とたずねました。すると美人女将の返事は「1500円ぐらい」と言うもの。この価格はうちの佳選の価格より少し安いものですから(それもほとんど造っていない)、当方としてはいくら美人女将でもお応えする酒が無いわけです。
「一寸、うちとしてはこの価格でお出しするのは難しいんですが、岩国のお酒が良いんでしたら、この岩国管内には私ども以外にも良い酒蔵がいっぱいありますから、紹介しましょうか?」(岩国市内と周辺で六つの酒蔵があります)「旭酒造さんの酒を扱いたかったんですよね。これでも日頃の倍の仕入れ価格を つけているんですけど駄目ですか」肩を落としながら消え入るような声で言う美人女将。「すいませんねぇ。こんな小さい酒蔵なんで、そのクラスの酒を造ろうにも、原価が合わないんで無理なんです」と、お答えしてお引取りいただいたんですが、後で考えてびっくりしました。
と、言うのはその辺りの旅館のお酒一合(正確に言えば0.7合位)の価格は1000円が相場です。0.7合ということは一升から14本取れますから、仕入れ価格が1500円の半分の750円とすると、50円のものが1000円になっていることになります。
どんな一流旅館で飲んだって、こんな20倍ぐらいかけたお酒じゃ、美味しくないですよ。それも旅館の地下の厨房の酒燗機で熱湯のように燗して、香りも味もとんでしまい甘さとシブサとエグミだけが残っている、それを3階の大宴会場に持っていく時にはそろそろ飲み頃の温度になってくる。さらにそれを上司の部長や課長からセクハラ気味に「まぁ、飲め」なんてやられれば、誰だって日本酒嫌いになります。
だからと言って、旅館側にも言い分があって、いくら一本千円と言っても、こんな宴会の時は料理や宿泊料を値切られる、料理はランクを落とせば見た目で客に分る、宿泊費は収益の根幹だから下げるにも限度がある、勢い飲料でつじつまをあわすしかなくなるがビールは瓶ごと出すから原価が客に分ってしまいあまりあこぎなことは出来ない、結局そのしわ寄せを徳利に入れ替えるから目立たない日本酒に持っていくほか無い。そこへ旅館側からすれば誰より大事な幹事の一言「いや、どうせうちの連中、何飲んでも一緒ですから何でもいいっすよ。それで一人一万円の予算で納めてね。それでパァッと行きたいと思ってますからね。パァッとね。」と、こうなってしまうわけです。
だから、最近不景気で社員旅行や企業の招待旅行や接待など様々な、自分の懐で飲まない、いわゆる宴会がなくなったことを嘆く向きがありますが、個人的にはこの方が酒にとってはありがたいと喝采を叫んでいます。
少しこの旅館の後の話をしますと、結局宴会の酒をうちに代えることはなかったんですが、家族連れなどのお客様用に獺祭をおいていただいています。ここに限らず、首都圏などの一流ホテルも最近の傾向として地酒の品揃えを拡充しているようです。パーティ需要から個人客狙いに移っているということでしょうね。ありがたいことだと思います。
不景気のおかげで安いお酒が安い酒と認知されずに飲まれる場面が減った、不景気のおかげで優秀な人材が世に溢れて、小さな酒蔵にも入ってくるようになった。今までの状況の方がおかしかったんだから今の方が少し「キシミ」はあるでしょうけど正常な時代と思うんですがいかがでしょう。不景気万歳。竹中さん万歳。(与党の抵抗勢力から石が飛んできそうですが)
と、言うことで横道にそれたままで今回のメルマガは終わりにしたいと思います。