ここ最近出席した酒の会についてご報告します。

まず最初は、日本酒について講義をしてくれと言うことで日本酒セミナーの講師に呼んでいただきました。徳山市の山田屋というお酒屋さんが開くもので、年6回で結構本格的なセミナー形式です。

で、その会の四回目の講義で、酒とは何かという話をしてほしいということで、行って来ました。受講者の過半数が山口放送のアロー号のお姉さん達(KRYラジオのリポーター)始め女性だったからではありませんが、入れ込んじゃいまして、少し失敗したみたいです。

と、言いますのは、こういうときに酒の業界にいるものとして気になるのは、得てして「厳寒の冬の深夜に起きて作業するから大変だ」とか「厳寒の冬の水作業が冷たいから大変」とか、そんな話ばかり酒の造りに関して声高に話されることです。

だけど、私達はプロですから、当たり前のことです。

酒は単純に言えば、麹の持つ酵素の力により、米を溶かしてブドウ糖に代え、そのブドウ糖に酵母が取り付いて、二酸化炭素とアルコールに変えるという、酵素と酵母の二つの微生物の活動により出来上がるものです。(ちなみにワインは最初からブドウ糖ですし、ビールは麦芽の持つ酵素により糖化した後煮沸して糖化酵素を殺してしまい、その後酵母を植え付けてアルコール発酵させるという単線的な醗酵形式をとります。)

で、何を言いたいかというと、酒の製造はこの同時に起こる糖化と発酵のスピードのバランスを如何にとるかということに尽きるということです。このために、全ての作業が組み立てられております。だから、寝ていてもこのバランスが取れるなら寝ていても良いし、それが出来ないから、しょうがないから夜起きたり、冷たい水で米を手洗いしてるだけで、決してその作業自体はほめてもらえることじゃないと思っているんですね。

だから、苦労話ばかりが先に進む酒造りの話に抵抗があるんです。

それで、なるべくその酒造りのメカニズムに的を絞って、私達が造りたいと思っている理想の酒から説き起こして、それに向けてもろみ(主醗酵)をどうするか、そのもろみを造る為に酒母(もと:スターター)をどうするか、もろみ中で分裂し繁殖している酵母にブドウ糖を適当に供給するためにどういう麹を造るのか、その麹を造る為にどうやって米を洗うのか、どういう米が良いのかなど等、説明しました。

本人は上手く平易に説明したと思ったんですが、主催者の山田屋の社長からは「今日は少し難しかったですね。皆さん少し分り難かったでしょう。」と話の講評で言われてしまいました。ガクッ。

反省しています。これに懲りずにまた呼んでください。

次はもっと気楽な名古屋の会です。

獺祭の取扱店の久田酒店のご主人から「桜井さん、獺祭の大ファンが集まる店が名古屋にあるんだけど来ない?」という誘いがありました。こういうお誘いはすぐ乗る方なので先日行ってまいりました。

「でんでん」という20席ぐらいのお店なんですが、中日新聞OB(八十ウン才で精神的には現役!という印象、しかも更にびっくりしたのはご一緒されていた同年輩の奥様のウイットに富んだ会話!こちらも現役!)の方の娘姉妹(年齢不詳ですが美人)がやっている店で、やっぱり客筋が良いんですね。当日は貸切で、うれしいことに遠い方は静岡からわざわざおいでいただいて大変盛り上がりました。

後で写真(証拠写真?)も送っていただいたんですが、私が如何に女性に弱いか良く分りました。と、いいますのは、お店のお客さんに何人か女性がいらっしゃって、その方達に囲まれて写っている写真は、酒に酔っているんじゃなくて、女性に囲まれてにやけっぱなしと言い切れる印象のものでした。しかもそのにやけ方が時間の経過と共に更に加速される。

久田さん、またこんな楽しい会、是非、呼んでください。

三つめは、国の研究機関を退官されたある先生とご一緒させていただいたこと。現在、某洋酒メーカーの技術顧問をされているので名前はお立場上差し控えさせていただきます。

二子玉川近くの「さか本」という割烹(落ち着いたいいお店ですよ。お酒の品揃えも良い。料理はお任せのコースが4500円からでリーズナブルなところと思いますよ)で一晩ゆっくり色々なご意見をお聞かせいただきました。内容は厳しいご批判の言葉や、ほめていただきすぎて「豚も木に上りそうになる話」など様々でした。この先生とは色々な会でご一緒する機会があって、その席で私どもの酒に厳しいご指摘をいただいたことも多くて、その辺り二人だけだともっと突っ込んだお話もいただけると期待してこの席を準備したんです。決してマゾじゃありませんよ。(ある方に言わせると、業界団体の勉強会に呼ばれた時は、講演で「この業界はなってない」とくさせば、「今日は先生に厳しいご指摘をいただきまして、目が覚める思いで、感銘いたしました」といって、次もお呼びが掛かると言われていましたが・・・) そうじゃなくて、お客様の期待に応える酒を造り切らないと生き残ることは出来ないという理屈を骨身に感じている身としてはこういう場が必要なんです。しかも、わざわざこちらの都合でお願いしておいて、そのお言葉に言い返すことも多かったので恐縮しております。

その一晩のお話の中で、一つ気になった話は、研究機関在任中の話として、全国の市販の吟醸酒や純米酒を、酒販店の店頭で購入して検査すると、その相当数にレギュラークラスのお酒より品質が劣っているのではと言いたくなる酒があったということ。

これは一つにはお酒屋さんの酒の管理(高額品ほど市中在庫期間が長くなると推測されますので)の問題ということもあります。もう一つはもっと大変なことですが、すでに蔵を出る時からそうなんじゃないかと思われる酒も多いこと。

コンプライアンスという言葉を最近良く聞きます。法令遵守とかそういった意味のようですね。牛肉のスキャンダル辺りからあちこちで聞き出した単語ですね。

実を言うとこの問題の背後にはこの言葉があるように感じます。つまりこういうことです。

酒というのは担税物資ですから、酒造家は伝統的に法とか決め事を守るということは「お上」からいやというほど叩き込まれています。と、いうことは、反対に法や業界の決め事さえ守っておけばそれで良いという体質に陥りやすいんです。吟醸酒や純米酒の表示要件を満たしているからこれでよい。とか。明らかに蔵内で品質が劣化しているにもかかわらず、吟醸酒として造ったんだから、吟醸酒のラベルをはって出荷するとか。そんなことがあるような気がします。

酒蔵に勤めている人は杜氏さんも含めて実直な方が多いような気がします。実直という面と共に悪い意味の公務員的感覚の「決まり事は決まり事で守っているんだからこんな酒でも仕方ない」というような感覚もあるように感じます。

コンプライアンスだけではいけない問題もあるということです。

食肉業界を擁護しているわけじゃありませんよ。あれは論外と思います。

昔、あの業界の方に「酒蔵もこんなことをやっているんだろう」とかなりとんでもないことを普通にやっているように指摘されて、返ってあの業界の闇の深さを感じたことがあります。

だけど、法や決め事を守っているとはいえ、実直だけではお客様に責任を果たしてないのも事実だと思います。この辺り、農耕民族であるが故の日本人の欠点のようにも感じます。今、日本酒業界には、努力しましただけではない、結果を求めるために酒を造るということが問われていると思います。

ほんとはもう一つ高級食品スーパーとして日の出の勢いの有名な成城石井の石井社長と勉強会でご一緒する機会があって、その話もしたかったんですが、あまりにも話が長くなりすぎていますのでこの次にします。この話も、私どもにとって将来に向けて品質設計をする上で非常に感銘深い会でしたのでご期待を。