やっと瓶詰設備の入れ替えが終了し、新設備が稼動し始めました。連絡ミスによる工事の遅れなどがあり、一ヶ月の瓶詰休止になってしまい、最も沢山出荷している主力商品の獺祭50を一週間切らしてしまうという情けないご迷惑をかけました。

これも本当は何とか間に合うはずだったんですが、瓶詰後製品が落ち着くまでの期間を計算に入れてなかったもので間に合わなくなってしまいました。(火当て後一週間程度おいておかないと本来の香りが出にくいんです。このタイミングを間違えて鑑評会に出品して思ったほど香りがたたず金賞落ちしたという話もあります)

こんなご迷惑をかけたんですが、特有の高周波音(最初びっくりしましたがすぐなれました)と共に稼動し始めた二台のパストライザーを中心とする設備こそ旭酒造のこれから十年の品質管理の一翼を担うものです。お許しください。

この設備の主たる導入目的はサニタリー性の向上です。案外、醸造産業はこの辺りに鈍感で、ワインの販売で第一人者といわれるある流通業のバイヤーの方も、取り扱っていたワインにハエが入っていたことをフランスのワインメーカーに伝えたところ、「そのお客様は当たりでしたね」という返事が返ってきて唖然としたと言う話をしていました。

しかしフランス人ならともかく潔癖なことにおいては世界に冠たる日本のお客様を主たる相手とするわけですから、このあたりが「小さな酒蔵が一生懸命造っています。美味しいんですからそれ以外のことは勘弁してください」では通用しない私たちの課題と思っていました。建物から造っていたんでは2~3年先になってしまうから、できることからやろうと設備の一新から始めたんです。そりゃね、SARS感染者用の病室として有名になった陰圧室の反対に外気の入ってこない陽圧室にしてクリーンルーム化する、そこにゆったり瓶詰設備を配置する。ついでに酒蔵の方も木造蔵のままで機密性を高めて外気を完全に遮断する。夢は果てしないんですが、お金という問題がなきゃね。それと都合の良い言い分けを言うとそんなに長期間製造を連続して止められないという問題もあります。

従来の瓶詰場に無理やり入れた設備は設備メーカーの技術者をして「これはユーザーからのレイアウト指定に沿って設計したから収まったんで、自分たちが設計してたらここに収まらなかったし、第一最初からここにこれだけの機材を配置しようという発想そのものがでなかった」とお褒めともなんともつかない言葉も頂きました。

具体的には約100平方メートルの瓶詰め場に以下の機材を持ち込んでいます。洗瓶機・充填機・パストライザー(熱殺菌用)・打栓機・瓶回転機(瓶内温度の上下均一化)・パストライザー(冷却用)・ラベラーです。このラインに以前と同じ総勢6人かかって瓶詰をします。「えぇ」って思う人もいると思います。通常こういう設備を入れるときは、「以前は6人かかった瓶詰をこの設備を入れることにより3人で瓶詰できるようになりました」と説明できるような設備の導入をするはずですから。

私もこんな設備を途中では考えました。洗瓶機・窒素吹込み式自動充填機・打栓機・パストライザー(熱殺菌冷却連続式)・ラベラーです。これだと瓶詰めは3人。設備費も3割は安くなります。だけど、どうしても飽和状態まで溶け込ました窒素が酒から離れる時に微妙に酒の香りを変える事が気になったんです。最終ここで品質を劣化させたらここまでの努力が水の泡ですから、こんな複雑な設備を設置したんです。また、ここで香りが変化することを想定して仕込みの段階でより香りのある方向に仕込みをすればという意見もあります。技術という面から見ればもっともな意見です。これも抵抗がありました。仕込みというか醗酵の段階で最高の品質を目指して造った酒をそのままなるべくバランスを崩さずお客様にお届けするのが私どもの仕事と考えるからです。

こんな設備が何とか動き始めました。

(余談その一)
この機材の入れ替えで色々ご意見を頂いているうちに、瓶詰場の建物も何とか最小限裏山を削れば建て替えられそうだと専門家からご意見を頂きました。(裏山を削ることによる地下水の変化が怖いものですから逡巡していました)瓶詰場が建て替えられれば現在木造蔵を侵食している資材置き場をそちらへ持っていけますから、麹室が広げられます。旭酒造の弱みは狭い麹室なんです。とはいえ現在でも同規模の酒蔵と比べたら広い麹室ですが、全量大吟麹と同じつくりで麹を作る「単純化による技量の高度化」(カラオケのレパートリーが一曲状態と称しています)を酒造りの「肝」とする旭酒造にとっては少し狭いんです。贅沢を言えば4倍の広さが欲しい。その理想どおりの麹室が手に入りそうなんです。

と、言うことで三年計画でそちらも始まりました。

(余談その二)
ワインの異物混入でもそうですが、この辺り、こと本質に関係無い商品としての欠点には欧米人は鈍感で、充填したビールの液面の一定しないアメリカ製の瓶詰機にごうを煮やしたある地ビールメーカーが機械メーカーに文句をつけたところ、「おまえは何でそんなことを気にするんだ。330ml以上入っていれば問題無いじゃないか。そんなに気になるならビンの首のところに液面が隠れるようにシールを貼れ」と、言われたという実例もあります。

一本でも不良品があったら当該ロットの全商品の回収が当たり前などという昨今の大メーカーの対応を見ても、国際的にいえば少し日本人が不必要なところまで神経質すぎるかなという気もしています。なぜならこのコストは結局お客様が最終的に負担することになるんですから。とはいえこんな問題起こらないことが最良ですから、設備に血道をあげるんです。25万キロ走破の天井の剥げたホンダに乗りながら。