今を去る三十数年前、酒といえば灘伏見の大手銘柄だけで、地酒といえば安い二級酒のことだった東京で、お酒の持つ本来の美味しさに目覚めて、現在の地酒百花繚乱時代の礎を築いたお酒屋さん達がいます。当時は灘・伏見の大メーカーの全盛期で、リベートもなければテレビCMもない、もちろん知名度も無い、無い無いづくしの地方の名もない酒を「何でそんな酒売るの?儲けにもならないのに」と皆に馬鹿にされながら孤軍奮闘広めていったこの数軒のお酒屋さんたちは尊敬をこめて地酒専門店第一世代と呼ばれています。今は無くなりましたけど「甲州屋」とか「獺祭」の取引先で言えば四谷の「鈴傳」・今回の「三ツ矢酒店」なんかがそうです。

その荻窪の三ツ矢酒店で隔月開催で漫画家の高瀬先生が日本酒教室を開いています。その第二回例会に「毎回一蔵づつ酒蔵を呼ぶんだけど、今度来ない」と高瀬先生に誘われて参加させてもらいました。

講義そのものはお遊びモードのものじゃなくてずしりと中身のある内容で真面目な勉強会でした。出席している会員の方を見回すと結構顔見知りの方もたくさんいて、その意味では内容は別にしてなんと言うか古巣に帰ったようなリラックスできた会でした。(だけどリラックスしすぎて出席していた某誌の副編集長をどこかの料理屋の女将さんと間違えて大失敗。だけどあの女将が差配する料理屋だったら美味いだろうなぁ。コラ!!)

高瀬先生の90分の講義のあと懇親会に出る酒の説明が私の出番です。10分から15分で酒蔵の説明もかねてと言われていましたが、三ツ矢の社長に「料理が到着するまで少し時間があるから長めに話してください」と小声で耳打ちされました。

何のことは無い話の長い私のことですから止まらなくなって気がついたら制限時間は5分オーバー。

もう一つ失敗がありました。一例会に一つの蔵元ですから、今回は私どもの「獺祭」の酒だけだったわけです。何種類か持っていっておりましてそのお酒を出す順番を三ツ矢社長に聞かれた私は「最高級品から順番に出してください」とお願いしました。

これは私たちが仕事でお酒を利くときやるやり方なんです。まず一番優れているものを最初に利いておいて、それよりランクの低いものをあら捜ししながら利くというやり方です。酒を造るときの製品の評価は基本的には減点法ですからこれでいいんですが、お客さんから見たときは飲んでいる酒の欠点に気が付いて何の得があるんだということになります。(このあたりワインのソムリエがお客さんの前で決して手にしているワインの欠陥を言わずプラス面だけを強調するのはそのような理由があります) ですから通常は普及品から飲んで頂いて段々ランクを上げていくというやり方をする方が楽しいんです。最初の感動から次々とさらに奥に美味しさの扉が開いていく。かっこよく言うとこうなるわけです。ところが最初に最高ランクを持ってくれば次々に出てくるそれより低いランクのお酒に欠点が見えてきて、私どもですと自分の酒のふがいなさに「深く深く反省する」とこうなるわけです。

出席された皆さん申し訳ありません。「勉強会なんだからまぁいいか」とご勘弁ください。

だけどありがとうございました。とうとう三次会までご一緒させていただきました。その場で山口の私どもの蔵まで遠足に来ませんかと話しましたら、皆さんノリが軽い(酒の力も大きい?)。9月にみんなで御出でいただくことになりました。

またこれで9月も美味しい酒が飲めそうです。


▼キューティーハニー

最近話題になっている来年公開予定のキューティーハニー(庵野秀明監督)に「獺祭」が登場します。どういう場面で登場するかは公開されてからのお楽しみに。

だけど面白かったのはうちの酒蔵の連中に話していて気がついたんですが、世代によって反応するところが違うんです。もっともビビッドに反応するのは子供時代に原作のアニメ版が大ヒットした30代前半組。ところが20代前半組になるとこれが「何ですか、それ?」なんてことになるんです。ところが主演がサトエリ(佐藤江梨子)と聞くと分るんです。それでは52歳の私は何に反応したかと言うと、残念ながら「キューティーハニー」も「サトエリ」も知らなかったんですが、原作者の永井豪さんに反応するわけです。

だって、あの「ハレンチ学園」の永井豪ですよ。(PTAから目の敵にされた。だけどあの頃はなんと遠くに過ぎ去ったもんですね。)

ところで最近アジアでは日本ブームらしくて、香港や台湾の本屋でも「最新号入荷」なんて張り紙と共に日本の女の子向けのファッション雑誌が置いてあったりします。だけど、海外でかっこいい日本の文化と捉えられているのは女の子のファッションだったりテレビゲームだったり、カラオケだったり、今までどちらかと言うと世の識者から眉をひそめられていたものが多いようです。その意味ではアニメは鬼っ子から海外での日本文化の牽引車に出世した代表格ですが、今回その世界まで「獺祭」は進出してしまいました??

ある人に言わせると「海外で日本酒を広めようとする時、日本酒の酒蔵に能・狂言に代表されるイメージと共に日本酒を海外に売り込もうとする意識が強くて、それが海外の顧客が持つ日本のイメージとのギャップを生み出している」といいます。

そのあたり私も同じことを感じていて、「だけどそれではそういった日本の伝統的なものから離れた時、どういうものとして新しい日本酒を捉えればいいんだ。今までのものから離れて新たなものを創れるのか」ともどかしさと閉塞感を感じておりましたが、現実はもっと早く進展していて、先にそちらに登場してしまいました。

来年7月の劇場公開予定と聞いておりますので興味のある方は是非。興味は無いけどサトエリを見たい方も是非。


▼山口の酒フェア

7/24から8/6の二週間東武百貨店の池袋店で山口のお酒フェアをやっていただくことになりました。東武の担当者に見せていただいた企画書の冒頭の言葉が「今、話題になりつつある山口の酒蔵を取り上げて云々」です。ちょっと感激しました。十何年前に東京のお酒屋さんのご主人から「今、新潟でも北陸でもいくらでも良い酒がうちに入ってくるのに、山口の酒をなぜ売らなくちゃいけないの?」と言われながら東京市場を歩き回った私としては胸の熱くなる様な言葉です。

山口県から、今売り出し中の同じ岩国管内の八百新酒造の「雁木」と宇部の永山酒造の「貴」とその親戚で同名の厚狭の永山酒造の「山猿」と徳地の新谷酒造の「和歌娘」が出るそうです。もちろん「獺祭」も出ますのでよろしくお願いします。

「蔵元はこの期間中何日か売り場に来ていただけますか」と担当バイヤーに問われて「もちろん行きます。是非、売り子として行かせてください。」とご返事しました。ですから、7月の25.26日は池袋東武のプラザ館のお酒売り場に売り子でおりますのでお近くに来られた方は声をかけてください。