若者の日本酒離れではありません。若者がアルコール飲料そのものを飲まなくなったことについて、8月21日付の朝日新聞が特集記事で取り上げていました。

「最近、酔いつぶれる若者がめっきり減った」という書き出しで若者の飲酒離れが特集してありました。これは私たち酒屋の間でも最近囁かれていた現象で、確かに最近の若者は男女を問わず、あまり飲みません。

これに対しビールや焼酎などの大手総合飲料メーカーは、ゼリー飲料の容器に入れたアルコール飲料や、チューハイやカクテルなど、甘くアルコール度数低めの「甘低」の酒を次々と送り出し需要喚起に腐心しているそうです。

旭酒造の意見はどうだといえば、若者の飲酒離れ大いに結構と思っています。

なんせ、以前に大学生に「今の大学生の日本酒離れについてどう思うか」と聞かれて、こと「獺祭」に関してとの前置き付ではありますが「親に扶養されている身分の大学生に獺祭を飲んでもらわなくても良い。自分で稼げるようになってお金の価値を知って初めて飲めば良い」とやっちゃったぐらいですから。(あれ、これは意味が違う。失礼。失礼。)

変なほうに話がつい行っちゃいましたが、つまりこういうことです。

文明が進歩すればするほど飲まなくなるのは正常進化です。今の若者が飲酒離れをしているとすれば「天晴れ」だと思います。

昔、私が小学生の頃は、大工さんの一日の日当で二級酒の一升瓶を買うのがやっとでした。今、大工さんの一日の日当で、安いお酒なら50本ぐらい買えます。

つまり、昔は妻子を路頭に迷わせないとなかなかアル中になれなかったけど、今ならお小遣いの範囲でアル中になれるということです。

文明の発達は相対的にアルコール飲料の価格を引き下げます。そうすると飲酒に対する心理的歯止めを作らなければ社会が立ち行かなくなります。ウォッカとともに平均寿命の大幅に下がったロシアを見てください。

だから、若者がお酒を飲む量が減ると言うことは社会的にも正常進化なんです。

反対に、「イッキ、イッキ」で異様に盛り上がっていた一時の若者の宴会のほうがおかしいと感じていました。もっとも、同年代のおじさん世代の酒を飲んでの放歌高吟も嫌いで、これでずいぶん世間を狭くしてきましたけど。(酔っ払って男らしいことを言うおじさんに「じゃあ、明日、しらふで御出でください。いつでもお相手して差し上げます。」なんてよくやってたんです。)

脱線ついでに言えば酒を飲んで異様に盛り上がるのは日本民族の固有の欠点と思います。酒の上だから発言に誰も責任をとらない。だけどその時のムードだけは確実に皆の中に残る。これ、最近の例でいえば、日本が太平洋戦争に突入した理由と思います。一部軍部がとか官僚がとかじゃなくて。日本民族がそのムードを自分で作り飛び込んだと思います。

ま、こんな考えから、今の若者も結構良いと思っています。そんなことを思っていたら、あのプレッシャーに弱かった日本選手団のアテネでの金メダルラッシュ。これも、少し日本的なものが良い意味で変わってきたんだろうと思います。

後は、こんな若者達に、いつか飲みたい・ここぞと言う時には飲みたい「獺祭」に私どもの酒がなれるかどうかです。がんばらなくっちゃ。