国内を代表する醸造技術者の会として社団法人日本醸友会という会があります。昭和5年に設立された歴史ある会ですが、毎年秋にシンポジウムが開かれ、その年に顕著な実績のあった研究者とかトピックについて取り上げてきたそうです。今年のこのシンポジウムのゲストスピーカーの一人として私を呼んでいただきました。(余程、人がいなかったんでしょうか)

前の演者が石川県の福光屋さんと北海道の国稀さんで、私の後があの福島のキモトで有名な大七の太田社長。みんな旭酒造の数倍以上の規模を誇る酒蔵です。実績においては絶対かなわない酒蔵ばかりです。

最初は社員だけの四季醸造による純米吟醸酒造りの話をしようかと思いましたが、何せ聞き手はトップクラスの醸造技術者の方々ばかりです。技術に関して話しても相手のほうが専門家です。自分に出来る話、つまり旭酒造の酒造りに対する根本理念の話しをすることにしました。

テーマは私の名刺の肩に掲げている「酔うため 売るための酒でなく 味わうための酒を求めて」という言葉をそのままもってきました。

要は「たくさん売らなきゃ成り立たない酒造りは正しいのか?民族的に言えばアルコールに弱い日本人にたくさん飲むことを強いることが本当に社会的善なのか?」という皆さんにしているいつもの話をそのまま、この日本を代表する醸造技術者の方々を前に40分間話してきました。

実を言うと裏にもう一つのテーマがあったのです。それは酒蔵の個性というものです。

ちょうど後の演者が「大七」の太田社長で彼の顔が見えたのでつい一言。「たとえば、今、現状で私どもは速醸酒母以外の酒をつくろうとはしません。50%以下に磨いた山田錦か雄町という軟質米を使ってピュアで華麗な酒質を持った純米吟醸を造ることを目標にしています。たとえば大七のようなキモト造りの獺祭をバリエーションとして造る気はありません。お客さんは大七みたいな獺祭を飲みたくは無いんです。お客さんは獺祭は獺祭らしい酒を飲みたいんです。大七みたいな酒じゃなく大七そのものを飲みたいんです。第一、大七みたいな酒をいくら私が造ろうとしても大七は越えられないんです。だから、今のタイプの酒以外を造ることは考えていません。」

この後、苦笑しながら私の話を聞いていた大七の太田社長が自らの講演の中で補完してくれました。

「キモトつくりをするためには周辺によい乳酸菌や硝酸還元菌の生存する環境がいる。大七はこの環境を長い年月かけて育ててきた。」んだそうです。つまりキモトは開放型の環境の中で造りますから、環境に影響されること大なんだということです。これを一朝一夕に技術や理論だけで乗り越えようとしても無理なんだということです。先人の努力無しに今の大七は無いんだとおっしゃっていました。

まさに、そのとおりなんで各蔵には各蔵なりの越えてきた歴史から生まれた条件というものが存在しています。たとえばうちの酒蔵がこんな山の中へ無ければ。こんな小さな酒蔵で無ければ。最初に迎え入れた杜氏の腕が良かったら??? きっと今と違った酒蔵になり、違った酒質を持った蔵になったと思います。

獺祭には獺祭のこれまで歩んできた道筋ゆえの条件があります。(かなり恥じ多き道筋ですが) それが今の酒蔵を作り上げ、結果として今の酒質になっているんです。

だからこそ、お客さんにも楽しんでいただけるんだと考えています。


▼エルメス

大七の太田社長の次は経済産業研究所の戸矢理衣奈さんが「エルメス」についてお話されました。非常に興味深かったのはエルメスは最初は馬具屋だったのに、馬具の技術を生かし鞄などの革製品に進出し、そこで築いた高級品としてのイメージを生かしてスカーフに進出し、今のような鞄やスカーフのトップブランドになったと言うことです。

これは凄い話で、需要が変化するどころじゃない需要そのものがなくなってしまう中で生き残り、なおかつ「エルメス」というブランドのイメージは統一性を保ったままトップブランドになったわけです。ちょっと焼酎ブームだったりするとひいひい言う私たちはつめの垢を、いえ、鞄の縫い目にたまった埃でも飲まなきゃいけません。

だけど、びっくりしたのはあの「エルメス」って鞄一つが50万円とか百万円(!!)とかするそうですね。こういうのを嫁さんにねだられる身分になってみたいですね。(もっとも、こっちの懐具合を知ってますからね。敵は。言うわきゃ無いんですよね。それで紅い灯青い灯のお姉さんに言われてたりしてね。あ、それも、もっと客を見る目があるからこっちなんかにゃいわないか。)


▼月刊「旅」

新潮社から出版される雑誌「旅」の11月号に旭酒造を取り上げていただきました。

前々回の蔵元日記に登場した酒業界二大美人ライター「藤田千恵子」さんの取材によるものです。おかげさまで、私が日頃何を良い、何を考えているか、誰が読んでもわかりやすくまとめてあります。(しかも、如何にも藤田さんの肉声が聞こえるような感想つきで)

どうも、大書店でないとなかなか手に入りにくいようですが、さすが「藤田千恵子」という記事です。(見開き1ページに私たち夫婦の写真までのせて頂きました。しわが多くて写真写りが悪いという私たちの感想に対して、大方の感想は、さすがプロの写真家、実物よりはるかに良いと言うものでした。)