前々回の蔵元日記で予告しておりました、「かわうそ寄席」を好天に助けられた5月3日に開催しました。当たり前ですがお客様も地酒の好きなお客様がほとんどで、私にとっては身内のようなお客様に集まっていただいて初めての会としては上々の滑り出しでした。

酒の良し悪しに感度の良いお客様は落語などいろんなものに感度が良いお客様が多いですからのりも良く、それに応えて鳳楽師匠も日頃にない枕話の長さでした。いよいよ師匠が羽織を脱いで本題に入って「目薬」と「禁酒番屋」の二題を披露。後ろからお客様の肩を見ていてもぐんぐん師匠の芸の中に引き込まれていくのがわかりました。

で、話は次の日、次の独演会の会場のある竹原市へ車で送りながら鳳楽師匠のお話を聞きながら感じたことです。

鳳楽師匠はほとんどテレビに出ません。「笑点」やバラエティ番組には全く出ません。実際地元の町内で「今度、酒蔵で寄席をやるよ」と言うと「それってテレビによく出てる人?」「三遊亭鳳楽さんって言うんだけどあまりテレビには出ないよ」「ふーん・・・(何だ、二流芸能人じゃん。落語家なら俺も町のビーフ・フェアにテレビでよく見る落語家が来てるの見たよ)」と、まあこんなリアクションでした。

実を言うと私にとっても師匠がテレビに何故でないかよく理解できていなかったのです。出れば当然知名度は上がりますし、そうすればもちろんギャラも上がるはずです。

せいぜい「テレビに出たら値打ちが下がるから出ない」ぐらいにしか理解していませんでした。(これって、「獺祭は希少価値を高めるためにあまりいろんな酒屋に置かないんだろう」というよく聞く話と一緒なんですね)

それに対して師匠は、「どうしてもバラエティ番組のようなテレビ番組に出ると(その噺家のイメージが固定してしまって)いざその噺家が高座に出たときお客様が本当の落語を聞きたがらず、テレビのような面白い話をしてくれるのを期待するようになる」「自分としてはやはり落語が好きなんで、古典落語をお客様にじっくり聞いていただきたい。だから出ない。落語にスポットを当てて作られる番組には自分も出ますよ。」とこうでした。

つまり、表面的なくすぐりや芸能界の裏話のようなところだけで勝負したくない、大好きな落語の本道でお客様に向き合いたいということです。実際好きな道を仕事にできる幸せを何度も語ってらっしゃいました。

なんか、凄い共感できるものがあって、もちろん芸の素晴らしいのは分かってましたが、でもよかったなぁ。このあたりはまさに主催者の特権ですね。

師匠にもお話したんですが10年続けたいと思います。文化って積み重ねと思います。「他所でやるなら難しい大ネタだけど「かわうそ寄席」のお客様なら分かってくれるだろうからやろう」と師匠に言わせるように。

(主催者特権の思いでもう一つ)

最後に主催者だからこそこんな良い思いをしたという自慢を一つ。以前酒蔵でコンサートをやっていたことをお話したと思います。二回目に杉谷昭子さんというドイツ在住のピアニストをお呼びした事があります。

翌日、宿舎にお礼に伺うと、「桜井さん何か弾いてあげようか」と前日のコンサートでも弾いた「英雄ポロネーズ」を弾いてくれました。

前日のコンサートではスタンウェイのピアノを持ち込んでおりました。宿舎のピアノはべヒシュタイン(注)です。さすがに同じ奏者・同じ曲・しかも一日違いだと私のような門外漢にも違いが分かります。力強い男性的なスタンウェイの響きと繊細なべヒシュタインの響き。

あぁ、こんなに違うんだとびっくりしました。まさに主催者の特権ですね。

(注)映画「戦場のピアニスト」の中で、ユダヤ人の主人公がナチの将校に見つかってしまいその場でピアノを弾き感動した将校に命を助けられるシーンがあります。そこで弾いたピアノがベヒシュタインです。「ベヒシュタインか。良いピアノだ」と将校が呟く場面が印象的です。