以前ワイン酵母を使用した純米吟醸を造ったことがあります。もうこのころには他の米はおいて山田錦一本で進もうと思い始めたころですから50%精白の山田錦を使用したいわゆる純米大吟醸です。
酒造技術の専門家の評価は良くて、「ワイン酵母を使用してここまで造れれば良い」などと微妙ですが褒めてもらいました。
それより、当時の私どもにとってありがたかったのは珍しいものを造った訳ですから新聞やテレビなどマスコミ各社が記事で取り上げてくれたことです。これ、経験的に言いますと、ここまで取り上げてくれると仕込みタンク一本分ぐらい売れてしまうんです。「売れない、売れない」とぼやきづめの弊社の販売員もこのときばかりは注文を断るのに大童。
次の年のこともありますから、余勢をかって広島市内で発表会をすることにしました。
会場は小ぶりだけど、最上階のフレンチレストランの評価が高かったのもあって、ちょっと売り出し中だった「ゲバントホール」で開きました。音楽好きのビル・オーナーが趣味が高じて造った大田川沿いのおしゃれなホールでした。
「パーティーはオープニングが命」と知り合いの娘さんに開場時の20分間フルートを吹いてもらいました。フルートの音色とともに入場していただいたお客様には、件の吟醸酒をキールで割ったカクテルをアペリティフとしてお渡しして乾杯までのひと時を楽しんでもらいました。
タイミングを見て料理長に登場してもらい、会場を暗くしてピンポイントの照明の下で本日のお料理の説明をしていただくという趣向でした。(女性客が多かったからか、すでにそのときにはフードテーブルに料理は残っていませんでしたけど)また、料理の盛り付けもセンターの三皿は私どもの酒蔵にあった有田焼の大皿に盛り付けてもらいました。(これも料理長には盛り付けにくいとえらい評判の悪いことでした)
とにかく、そのころの私どもとしては精一杯こだわったパーティを開いたわけです。
会場は200名のお客様で満杯。技術関係の専門家の酒の評価が高かったから私の鼻も高々。
だけどその天狗の鼻をぺしゃんこにする一言をいただきました。
「あなたねぇ、このワイン酵母のお酒が美味しいって言うけど、二千円でしょ。二千円のワインより美味しいの?」(720ml2千円でしたから750mlのワインのフルボトルと同じ価格帯でした。もちろんこんなシビアなことを言うのは女性です。それも「超」妙齢の。男はなかなかこんなことを言う勇気なんか持ち合わせていませんから)
これは応えました。先生方は技術的観点から良い出来だと評価された。マスコミはニュース性があるから取り上げた。旭酒造は企画とその的中することの面白さに熱中した。もちろん売れることの満足感も。それまではすべて正しいと思っていました。
だけどこの女性のお客様はただ単純に価格対美味しさで評価してきたんです。まさにこれこそお客様の本音です。
ちょっとここは微妙なところで美味しさというより絶対的な満足と言い換えたほうがいいかもしれません。つまり価格対絶対的満足。(でないと、あの税引き前純利益が全売り上げの50%を占める!!!ルイ・ヴィトンに何故かくも女性達が熱中するか説明できません)
だけど小手先の尾縫策ではお客様は男女を問わず満足しないということです。どうせ騙すならとことん騙してよという事ですね。
そうするととことん騙し続けることのできるほど大人物じゃない私としては価格に対する絶対的な美味しさを求めるしかないんです。しかも不器用な私は幾つもの道を同時に選択することができません。だから旭酒造は高精白にこだわります。山田錦にこだわります。純米吟醸にこだわります。これが良い酒ができると信じる酵母にこだわります。ただ一つの目標に向けて走るんです。
と、言うことで旭酒造にはちょっと変わった米や酵母を使った新製品がないんです。たとえそれが短期的にはお客様の好奇心を満足させるとしても、それに掛けた開発費や資材コストを結局お客様に短期的にか長期的にか何らかの形でご負担いただかざるを得ない現実を知るものとして、旭酒造としてはこういうバリュー・フォー・マネーになりにくい商品は出荷したくないんです。
このときのパーティはいつかお話した横綱「旭富士」関の結婚披露宴とともに旭酒造のその後の方向性を決定した会になりました。
だけど女性は怖いですねぇ。