少し残念なお知らせがあります。旭酒造が造る地ビールとして皆様に知られてきましたオッターフェストビール(オッターはドイツ語で「かわうそ」ですからつまり獺祭ビールというネーミングでした)の製造を中止いたします。理由はこのままビールを造り続けたら社内のモチベーションが保てない恐れがあるからです。

私どもは杜氏による酒造りからの脱却を目指して地ビール製造に参入しました。

ご存知のように地方の酒蔵において酒造りは、秋の訪れとともに杜氏が蔵人を連れて酒蔵にやってきて酒造りに適した寒い冬の間に酒を造り、春になると出来上がった酒を酒蔵に残して杜氏達は故郷に帰り農業や漁業など彼らの本業に従事する、酒蔵は彼らの残した酒を一年間売る、という方式が一般的でした。

この伝統的な杜氏制度による酒造りは冬場の酒造期間のみの雇用契約で杜氏を雇うことができ、結果として安価に製造人員が確保できるという点で非常に便利なものでした。しかし、反面、酒造りを冬場に固定し、酒造スタッフの年間雇用を阻むものでもありました。

また、杜氏や蔵人にとって酒造りは、経済の成長とともに大企業の地方工場など年間を通して勤め先を確保してくれる他の稼ぎ先が出現した時、それと比べて冬場だけの不安定な雇用しか確保してくれない魅力のない職業ともなっていきました。

このような状況の中で、従来の杜氏制度による酒造りから社員による酒造りを目指すことが急務となったわけですが、長年続いた杜氏制度は、技術面や慣習面(これが大きかったんですが)からこの改革を阻む大きな壁となっていました。旭酒造でも、冬場だけの雇用で優秀な人員が雇えるわけがなく、結果として毎年ずるずると杜氏・蔵人の高齢化が進んでいました。

そんな中で現れた地ビールの製造は、夏場に需要と製造のピークが来る点で非常に魅力的でした。これがあれば夏場の製造人員の仕事に困ることがない。しかもそれなりに勝手知ったる酒類の製造ですし、そのうえ清酒のように糖化と発酵が同時にタンクの中で起こる並行複醗酵ではなく糖化した後醗酵させるビールの製造過程は清酒と比べてずいぶん簡単でした。(このことが地ビールへの異業種の参入ラッシュを起こしました・また技術的・品質的な目標が見つけにくいという点である意味地ビールの弱点でもありました)

したがって参入への障害は低いし参入すればある程度の仕事量が確保できるだろう。と、いうことは夏場の人件費に頭を悩ませなくていいから優秀なスタッフを雇えるということです。

そんな思惑から地ビールの製造に参入しました。ところが皮肉なことに地ビール製造の認可の指導(要件?)の一つであった地ビールレストランの経営で私たちは大失敗します。

たった三ヶ月で閉店したレストランは地元の噂雀たちの間の旭酒造の評判を地に落とし、金融面での不安を招き、立ち直るのに数年かかったことをご存知の方は多いと思います。

この渦中で、杜氏に去られた旭酒造は、今になってみれば危ない博打ですが、社員による酒造りを選択し、現在に至っています。

結果として「純米吟醸と純米大吟醸しか造らない」「たった千石あまりの」「社員だけの酒造りによる」「四季醸造蔵」という全国でも珍しい形態へと生まれ変わったわけです。と言うことは夏も酒造りが続いているわけです。

これで、酒造りという夏も付加価値の高い仕事が確保でき、したがって優秀な人材を確保できることになりましたが、反面ビールへの参入の第一目的が消えてしまいました。

ま、ビールは製造設備はあるわけですから、新規投資は必要なく、あの安い原料コストは(実際、最高級のドイツ産麦芽でも国産のくず米より安い!!)造れば造るだけ儲けという状態を作り出しています。短期的に損得だけ言えばこのまま造り続けるのが最も得かもしれません。また、地ビールの凋落がささやかれ、事実撤退ラッシュの中でせっかく参入した地ビール事業からふがいなくも撤退するということで変なプライドを刺激されるところもあります。もう一つ、アメリカの例を見ていますと、マイクロブルワリー(つまり日本でいう地ビールのような小さなビールメーカー)が解禁になった後10年以上の低迷期を過ごし、再び脚光を浴び現在の隆盛を見ていますから、「ここはこのまま4~5年おいて風向きが変わるまで待つ」という選択肢もあるわけです。

しかしこれでは社内のモチベーション(特に製造の)が保てそうにありません。旭酒造の社員は、常に課題を持ちその課題にチャレンジし、結果としてこの逆風下の清酒業界の中で販売数量も成長していることに誇りを持ち、きつい仕事にも、社長である私の勝手な文句(?!)にも耐えているのです。彼らを「数年足ったら儲かるから」の動機付けだけで目標もそしてチャレンジもなしに引っ張るのは不可能です。

その上前述しましたようにビールというのはコストダウンとか品質の安定と言う面以外では技術的品質的な目標の設定しにくい酒類です。つまり、清酒のように現状はいかにあろうと遠くに輝く品質目標に向かって努力するということのしにくいものです。

毎日毎日適当にお茶を濁しておけばそのうち風向きが変わって儲かるようになるだろうなんて、私はそんな商品が旭酒造の門から出て行くことに耐えられません。

そんなことから地ビールの終売を決定いたしました。年内を持って出荷は終了する予定です。ご愛顧いただきました皆様には大変お世話になりました。大変ありがとうございました。そして期待を裏切る形になりましたことをお詫び申し上げます。お詫びのためにもこれからはビールにかけていた余力を清酒に振り向けさらに優れた「獺祭」を目指したいと思います。

先日ある方が掲示板上で獺祭をこう評していただいているのに出会いました。「獺祭は獺祭であった。いい意味で獺祭であり続けた」感激しました。これからも「獺祭であり続けたい」と思います。