先日、トイレでお客様から話しかけられました。何社かの酒蔵も出席している酒の会ですので、私も半被を着ています。こちらが酒蔵と知って声を掛けていただいたようです。
「最近、日本酒も海外が好調だそうですね」「えぇ、そうですね」と私。ここまで「フム、フム」と頷いていたんですが、その後、お客様の話は一気に核心にふれてきました。
「だけど、海外で飲まれているのは嘆かわしいことに最近の風潮で冷酒だけのようですね。日本の燗酒文化はどこに行ったんでしょう。もっと燗酒を海外にも広めなくては」とのことです。
うーん、一つの正論だけど現実から見れば真実じゃない。トイレから帰りの短い間でしたから、きちんと話せなかったんですが、この話は偏った議論になりやすいんです。
アメリカを例にとりますと分かりやすいんですが、アメリカで飲まれている日本酒のおそらく8割はこのお客様の話に反して実際は燗酒です。燗酒というより「ホット・サケ」 アメリカ人に刷り込まれている日本酒のイメージもホット・サケのイメージが大きいと思います。
これは理由があって、世界でも温めて飲むアルコール飲料は日本酒以外ほとんどありません。このため、彼らアメリカ人に与えた印象も強烈だったようです。ここから日本酒イコール「暖めて飲むもの」というイメージが定着しました。
しかも、味わいよりまず暖めて飲むというイメージ先行型ですから、どんどん極端になって杯に口を付けられないぐらい熱い酒を飲むことイコール「日本酒通」になっていきます。これはアメリカ人好みのイベント性もあり、フジヤマ・ゲイシャと共に象徴的なものに捉えられたようです。日本酒が初期にここまで普及した原動力の一つにもなりました。わが敬愛する「郷の誉」の須藤社長に言わせると「杯から煙が出ているのでなんだろうと近寄ってよく見たら湯気だった」というぐらいです。これはどうやら台湾などほかの国でも同じようです。
日本ほど鮮度というものに気を使わない欧米やアジアの文化の下、最近こそ良くなりましたが以前は海外における日本酒の品質たるやひどいものがあったと思いますのでホットサケにして香りも味もとばした方が飲み易いという現実的理由もあったようです。(注1)
ところで、これは海外だけの現象かというと、日本でも一緒で、地方なんかまったく同じことを感じるときがあります。地元の会合などで「お姐さん、こりゃあ駄目。こりゃあぬるいよ」と、ちょうど飲み頃のぬる燗の酒を、突っ返している姿に出会います。フゥフゥ言いながら飲まないと飲めないほど熱く燗を付け直した酒が来ると「やぁ、こりゃあええ。まぁ、あんたも一杯やりんさい」『ついでに、ええ加減に儲けにならん山奥の酒蔵の社長なんか辞めて、町会議員に立候補して町のために尽くせ!!( 相手の心の声)』と、こちらにもその手で持てないほど熱い銚子の首を器用につまんで注いでくれる。こんな光景によく出会います。もちろんお酒そのものもひどいもの。
まだまだそんな現実もあるんです。お燗酒の振興を進めるのもこのあたりを織り込んでおかないと一面的なところだけ見て進めると間違った方向に行ってしまうのではと危惧しています。
銘柄によってはお燗を付けたとき本当に美味しいお酒があります。また、前述の「郷の誉」は須藤社長が言われるとおり5℃以下で魅力が倍加するように感じます。ところが、私どもの「獺祭」は10~15℃と少し通常の冷酒で供されるお酒より高い温度のほうが花が開いてきれいな甘みも見えて余韻も長くなり、美味しく飲んでいただけると思います。
このように、品質的にもここが良いという温度帯が違います。また、市場的にも事情が複雑に絡み合って端的に「こうあるべき」とか「こうすべき」とか言えないと考えます。
同じような話で、最近読んだあるベストセラー。「規制緩和で入ってくる安い輸入品にはかなわないから、農業に見切りをつける人が増え、田園はどんどん荒れてきました」というくだりがありました。しかし、田舎に実際に住んでいる身からすれば、正しくは「規制して保護している間にそれに安住して日本の農業の体力が落ち、農業が瓦解してしまった」というべきものと思います。これなんかも一般に主張されている説と実際が違う例と思います。(注3)
極論の方が浸透しやすいんですけどね。単純に極論に走ると真実をゆがめてしまうことがある。もっとも、あの、尊皇攘夷から一気に開国富国強兵に振れた長州藩の極論から極論に移り変わった姿を思い出せば、あまり偉そうなことは言えないんですが。山口の酒蔵としては。
(注1)よく言われるようにフランス料理は鮮度をごまかせるようにソースの文化なんですね。今から日本酒が海外で成功するためには、欧米社会に「鮮度」というものを理解させていかなければいけないと思います。
(注2)大手の酒だからとか三増酒だからというんじゃなくて、保存状態の悪い酒。こういう店とお客さんって、酒に品質というものがあるということを理解してないんじゃないかと思います。しかし、地方の場合まだこんな店が結構あります。そんな店で飲むと、そりゃ「焼酎の方が良いわ」という事になりますよねぇ。
(注3)藤原正孝さん著の「国家の品格」です。この本に意を同じくするものですので余計、気になります。こんな風に微妙に現象の順番を取り違えることにより、関係団体の都合の良い話になることを恐れます。もしかすると、この取り違えそのものが関係団体のプロパガンダの成果かもしれません。