コルドンブルーという料理学校がパリにあります。そこで「今度、日本料理と日本酒のセミナーをやるので話をしてくれない?」という依頼が、獺祭をフランスで販売していただいているISSEの中沢副社長からありました。
コルドンブルーといえばオードリー・ヘップバーンの主演した「麗しのサブリナ」の舞台として有名。そのうえ、歴史は1578年の精霊騎士団の結成の晩餐会の料理までさかのぼるそうです。まさに料理界に燦然と輝く世界の星といえるでしょう。
そんな学校で始めて開く日本酒のセミナーですから断るわけには行きません。勇躍行って参りました。しかし、のっけからドラマがありました。成田空港で搭乗待ちの私の携帯電話に一本の電話が。
それはフランスのISSE副社長・中沢さんからの「みんな待ってるんですけど、どこにいらっしゃるんですか?」というもの。
やっと私が気づいたことは、パリ到着日を一日早く連絡してしまったこと。実は欧米などに行くとき日付変更線の関係でほとんどはその日の日付につくんですが、それは適当な昼の便に乗るという前提つき。今回のように成田発夜10時なんかだと当然翌日到着。当たり前です。
日頃そのあたりの時差を計算してこちらの午後4時ごろ「おはようございます」なんてフランスに電話をかけているのに・・・・・・あまりの自分の間抜けっぷりに平謝り。あぁ、恥ずかしい!!ISSEの皆さん・そして迷惑を掛けた方々、申し訳ありません。
そんな恥ずかしいドラマつきですが、何とかフランスに着いて、ちょっと困ったのは自分の位置づけ。実は日本料理と日本酒ということで料理は有名な「青柳」の―料理界の巨匠―小山さんが講義されるんで良いんですが、お酒は全体の進行役にSSI(日本酒サービス研究会・利き酒師の認定機関として有名ですね)が入っています。旭酒造はここの賛助会員とかそういう関係はまったくないものですからまったくの邪魔者。(当たり前ですよねぇ。SSIといえども私企業ですから)
フランス到着後のブリーフィングではそのあたりの感じが濃厚で、「ちょっと困ったなぁ」というところ。ま、いえば、村の神社のお祭で神殿で剣の舞を舞うんじゃなくて一人だけお宮の外で舞うような感じ。だけど、舞台がないから舞えないというのはここで言ってもしょうがない。第一、ISSEの黒田社長やISSEとSSIの間に立って何とか獺祭を立てようと奔走してくれたセールススタッフの宮川さんの顔を潰すことは出来ません。
それに、フランスのように日本酒の黎明期にある場所にとって、酒蔵の蔵元本人が個人の酒造りの哲学を通して日本酒を語ることこそ重要ですし、フランス人にとって魅力のあることですから、ここは一番、舞台は脇でも覚悟を決めていくしかないと決心しました。
実際は前日の打ち合わせでそのあたりに気づいた主催者の黒田社長から「本来の目的を崩すな」とみんなに一喝があってスケジュールもかなり修正していただきました。鳥居の外から境内の庭ぐらいのところには入れることになったわけです。(それでも庭先。SSIも露骨だねぇ・・・)
で、そんな話はおいといて、一番大事な、話の内容は、
ワインと日本酒の違い、それを生み出したものは何か?と、いうところを中心に説明しました。
原料、ひいては土壌にこだわるワイン。技術的には格段に複雑な日本酒の醗酵。どちらが優れているかの話ではなく、どちらもお互いの要素の違いが生み出したものということ。特に、日本酒にとって、つまり、酒造りの職人としての杜氏というものが大きな役割を果たしてきたこと。それは歴史的に見てフラットな日本社会の成り立ちゆえに生み出されたということです。
日本の社会なくして日本酒は生まれなかった。ただ、アルコールを含んだ液体というだけじゃなく日本酒の生まれた日本の社会を理解していただければもっと魅力的だということを一生懸命話してきました。
で、その成果は? 実は、反省しきりです。と、いうのは、国際的に有名な料理学校ですから英語圏の学生も多く、仏語と英語の二ヶ国語の通訳つきで話しました。短いセンテンスで話すと二ヶ国語の通訳の間にどこまで話したか忘れてしまうんです!!! (うーん、ちょっとオトーサン、ボケが始まってない?)
なんとも自分の頭の悪さ加減を再確認した40分でした。
でも、収穫もありました。それは巨匠小山さんの話。フランスの魚の状態について鮮度などで批判の多い日本の和食業界からの発言について・・・・「フランスの魚はフランス料理のために開発されてきた。フランスの料理の歴史も知らない日本人たちが軽々に批判していいんだろうか?我々はもっと他国の食文化に敬意を持つべきじゃないか」
日本の和食とフランスの架け橋として長年努力してきた小山さんだから吐ける言葉ですね。
うーん、納得。我々も、ともすればワインの醗酵の技術を日本酒の醗酵の複雑さと比較して軽視する傾向があるんですが、そんなことで日本酒の良さを他国に理解してもらえるはずがありません。自分たちを理解してもらうためにはまず自分たちが他国の酒に敬意を持って接しなくては。
失敗に始まって反省ばっかりのフランス出張でしたけど本当に勉強になった3泊6日でした。
【東京駅地下で「獺祭」の試飲販売】
東京駅地下の「銀の鈴」があった周辺がグランスタとして昨年秋から土産物や飲食ゾーンとして改装されています。ここにお洒落な立ち飲みバーと販売をかねた地酒のブースが出来、場所柄地酒ファンとは思えないお客さんでにぎわっています。ここで3/21から3/23の三日間の予定で「獺祭」の試飲販売を行います。
実はここは地酒業界で有名な長谷川酒店の経営で旭酒造とは取引がありません。しかし、上記のコルドンブルーの日本酒セミナーでも分かるように、そんな細かなことにこだわっていたら日本酒の将来はなくなってしまいます。
そんなことで、長谷川酒店に継続的な取引は棚上げして試飲販売をお願いしました。当然長谷川酒店もお付き合いの深い地酒メーカーがあるにもかかわらず、そのあたりを理解して、「獺祭」に門戸を開け放してくれました。ともすれば囲い込みという系列化の激しい地酒業界では珍しい試みです。
そんなことでこの三日間、東京駅地下で試飲販売を行います。期間中東京駅を通る方は、是非、覘いてみてください。実はここで試飲販売をするメーカーを募集しているという話はパリ在住のSさんから頂きました。まさに、今、世界は地理的な距離じゃなしに、人と人の距離で動いていると実感しています。同じように、お取引の無い長谷川酒店のスタッフとお話しながら、ビジネスの距離を超えた日本酒への熱意も感じました。良いお店ですね。