あるパーティの事。初老の男性から「ちょっと聞きたいことがある」と話しかけられました。聞いてみると、「日本酒は、なぜ防腐剤を入れているんだ」とのこと。確かに、明治12年ぐらいから昭和44年まで全国の大方の酒蔵の酒に防腐剤が入っていたのは確かだが、今は入ってない。しかし、それを言っても納得してくれない。そのうち、「ワインは何年たっても悪くならないのに日本酒を自分の家で一~二年置いてたら酢になって美味しくなくなった」とのご意見。

家といっても、どこに置いてたかわからないし、第一どんな酒だったかも分からない。ワインこそ「酸化防止剤や防腐剤の入っていないワインも造っています」とワイナリー自身が宣伝するぐらいだから防腐剤入りが当たり前みたいになっているのに「ワインは自然のものだ(と、欧米人が言っている)から正しい。日本酒は防腐剤とか変なものを入れている(と、俺は思ってる)」と、全然理解しようとしない。ただ自分の経験を話されるばかり。

だんだん腹が立ってきて、引退される前は政府の一つの組織を代表する地位だったらしい先方の前職からしても、日本酒へのあまりの理解の無さにそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになって来ました。こういう時って、頭の芯がすっと冷たくなるんですね。

「それは、あなたのこれまでの生涯で飲んで来たお酒の問題であって、あなたの飲酒の経験で全ての日本酒がそうである様に言われても、私には答えかねますがねぇ」と、ずばり本音を、言いそうになる寸前・・・・・・・・

「今日は山口から「獺祭」の社長も来ています。一言ご挨拶をいただきたいと思います」と司会者の声が・・・・・一礼して、急いで、マイクの前にとんで行きました。

いや、助かりました。あのままいたら、絶対に、とことん行ったと思います。でも、政府の「元お役人」のお酒の認識ってこの程度なんですかね。第一、日露戦争の戦費確保のために、酒税を重要視した日本政府が積極的に防腐剤の使用を、そんなものなんか知らなかった、全国の酒造家に指導した経緯さえあるのに。あなたの給料もその防腐剤入りの酒税によって確保されてたんですよ。

この手の人に理解させるのが酒蔵の使命だという人もいますし、もちろん努力もしておりますが、少なくともあの席では無理だったでしょうから、あの司会者の一言は天使の声でした。

でも、最後に業界の人間として言うと、あんな誤解を受ける程度の酒を造る酒蔵がいることも問題。その意味では、日本酒業界の現在の苦境は「明日の日本酒」への産みの苦しみかもしれません。

【旭酒造からボンジュール・途中経過第一報】
先日報告しましたフランスからの留学生レアさん。「獺祭」の英文パンフレットを見ながら早速一言質問。「この精米歩合を高めたり技術的に改革していくくだりは、先進的なことにチャレンジしていく印象を与えます。しかし、フランス人にはもっと伝統的な事を訴えていかないと良い印象を期待できないと思います。フランスでは、若い先端的なワイナリーなども、実際には技術的に新しいことに様々にチャレンジしていても、ウェッブサイトなどでは伝統的なものを前面に打ち出しています」との事。

実はこれ、すごく大きな問題なんです。旭酒造は技術革新や変わること、つまり工夫も伝統的な日本の文化と思っていますから。ここを理解してもらえないと「獺祭」はフランスで、いや欧米全体で、売れないと考えています。酒はその国の文化や社会が生み出したものです。売るために、相手国の価値観に合わせてもどこかで無理が来ると思います。

また、日本国内でもワインに影響された価値観で日本酒の良し悪しを切ろうとしたりその考え方で日本酒を造ろうとする蔵元もおられますが、旭酒造は与しません。旭酒造は日本酒は日本の文化や社会が生み出したものと考えています。

少なくとも旭酒造は私達が信じている価値観そのままで海外に売りたいわけですから、ここが重要なポイントなんです。出社二日目にしてたちまち議論を巻き起こしています。こちらも辞書片手にボルテージが上がります。さすがフランス人。議論好きでちょっぴり頑固。しかも、彼女は本質的なことを見抜く力があるように思えます。

前回のメールでは、この留学生の受け入れにより、こちらの持っているものをフランスに紹介するという側面ばかりお話しましたが、私達に彼女が教えてくれるものも大きいなぁと実感しているところです。