フランスでちょっと話題になっている話があります。日本からフレンチの料理人を目指してたくさんの若者たちが修行に訪れています。彼らは非常に優秀だそうですが、フランス人からみたとき信じられないことがあります。それは日本料理が日本人なのにできない!!ということです。

何かで刺身を引いてくれと頼んでも刺身がひけない。日本料理を学んだことが無ければ当たり前ですが、これがフランス人からみると信じられないんです。プロの料理人である限りフランス料理のできないフランス人の料理人はいない。日本人なのに日本料理のできない料理人は彼らの理解の範疇を超えているようです。

これは良く考えてみればわかりますよね。フレンチの料理人を目指す彼らが日本も知らずにおフランス好きだからとかそんな嫌みったらしい話じゃなくって、日本料理の成り立ちとフランス料理の成り立ちが違うんですね。だからいくら日本人の料理人といえど日本料理の修業をしたことのない料理人には刺身はひけないんです。

フランス料理と日本料理というか、ほかの料理と日本料理の間には体系に決定的な違いがあると思います。たとえば、フレンチの場合はスターシェフのピエール・ガニエールのレシピのもと世界中のガニエールの店でそれなりの店の味が再現されます。ところが、どんなに優れた料理人のレシピをもらっても同レベルの日本料理はそう簡単にはできません。料理における一つ一つの技能の重要度が日本料理の場合は格段に重いからだと思います。つまり、フランス料理と日本料理を同一の土俵で語るのは無理があるということです。

ところが酒の世界では同じ土俵ではかることがおきつつあります。それも、ワインをベースに日本酒を考える方が最近目立ってきました。切り口が違うから面白いんですけど、しかし、ちょっと気になることも多いんです。

「ワインは飲みやすいものは薄いということで安物」とワイン業界では一般に言われます。でも、その見方で日本酒を見ると日本酒はなかなか整理しがたい。ところが、一部の人は権威ある人から「これが世界(欧米の)の考え方だ」といわれるとそう思っちゃう。そのうえ「薄いのが悪いんだから濃い酒が良い」と単純になりがち。

「濃い」というのは日本酒にとっても大切なことなんですが、自分の評価基準ではなしに情報だけで飲む人は「濃い酒」=「最初のアタックの強い酒」になりがちです。だから「そんな酒こそ真面目に造った本当の酒」と酒販店さんやお客さんから言われることもあります。「うちはそんな酒は造りません」と断ると不満顔。(注)

これは日本料理に置き換えてみるとよくわかります。稀代の料理人といわれる「青柳」の小山さんの受け売りですが、刺身とフレンチによくある魚介のマリネを比べてみてください。どちらも生のお魚を使います。刺身はマリネと比べて簡単です。味もそのレベルで見ればはるかに単調。でも、簡単だからできるとは限りません。ただ包丁で切るだけの刺身に無限の難しさがあるからです。

もちろん、私らが造るような、ただ包丁で引きちぎっただけの刺身らしきものは別にして、このすばらしい小山さんの刺身を、いくらフランスでマリネの評価が高いからといって、オイルや香辛料に漬けたりしますか?

日本酒も一緒で、一部の方からは飲みやすいだけの単純な酒に見える「良い米を磨いて造った酒」の中に到達すれば到達するほど深い難しさと奥深さがあります。いわば最高の刺身を造ろうと思っているのにマリネを造れと言われてもできません。

(注)旭酒造は最初のアタックを重視しません。すぅっと入ってきて口中できれいな甘みを見せ-(最初は繊細に入ってきてここで始めて「濃さ」をみせる)ー、飲み込んだ後の余韻が長い-(切れさえよけりゃ良いというもんじゃない)-、そんな酒を理想とします。「ガツン系」の酒が好きということで「獺祭もそんな酒質にしろ」と要求したにもかかわらず私に拒否されて取り扱いをやめられた酒販店様や飲食店様もあります。それも仕方の無いことと思っています。もちろん、自分の好みに合わないんだから取り扱いをやめる(取り扱わない)お店もそれはそれで立派だと思っています。

(追伸)ニューヨークの話題の和食店「ノブ」でオイルのかかったお刺身が出てきたことがあり、とても美味しかったことをおぼえています。でも、これは「青柳」の小山さんや「分とく山」の野崎さん達に期待する仕事じゃない。小山さん達だけじゃなく、もう名前は出しませんけど、今、日本で頂点を目指して競っている何人もの料理人の方々にお願いする仕事じゃないと思います。彼らには突き詰めるだけ突き詰めた日本料理を持って日本はもちろんのことフランスでもどこでも世界中に「日本料理は素晴らしいんだ」ということを広めていっていただきたい。

同じくなんてとても私たちには言えませんが、いろんな日本酒の価値観を認めつつ、しかし、自分の信じるお酒を追求したいと思います。それが、お客様への最大の恩返しであり、ひいては「世界の中で日本酒が尊敬される地位を築く」ことへの道になると思います。