旭酒造もアルコール添加した普通酒がまだまだ主力だった、そろそろ20年前の話です。「ほんとにやるんですかぁ?」と、私。「いや、やらなきゃならんのです。理事会で決定しましたから。来月から、全組合員挙げて実行いたします」と力強く答える酒造組合の事務局長。

何を話しているかというと、当時騒がれ始めていた資源保護の問題に鑑みて一升瓶の包装を廃止するという酒造組合の通達。これについて「本当に実行するのか」と言う私の疑問に対する県の酒造組合事務局の返答です。

実は、その頃、上撰の一升瓶はすべて包装して出荷しておりました。これは酒蔵にとって大きな労役負担になっていました。少しは紫外線をカットし品質保護の効果があるといっても、お酒屋さんに品質というものに理解いただいて紫外線の当たらないところに在庫していただくとか酒にも品質がありそれは保存状況や鮮度が影響するということを理解してもらう方がはるかに効果的です。要は、各酒蔵が販売増強のためのサービスとして始めた過剰包装が常態化してしまい、横並びでみんな引くに引けなくなったというのが正確なところ。

こんなことに経費をかけるぐらいならもっと原料米や精米など原価を掛ける方向に振って、本質的な品質を追求するほうがよほどお客様にとって幸せだったと思います。

ですから決議そのものは理解できるものでした。しかし、組合員が足並みをそろえることができるんだろうかと思い、電話した当方への返事が冒頭の話です。

今まで、しなければならないことや問題点があったとしても理想からは程遠い現実論ばかり繰り返してきた酒造組合としては珍しい決定です。「本当にみんな実行するんだろうか?」とかなり不安はありましたが、あそこまで断言するからにはと「そんなことして売れなくなりますよ」という社内を説得し通達どおり翌月から実行することにしました。

で、翌月。なんと、私どもの販売地域の県内酒蔵はそんな通達はどこ吹く風とみんな包装して出荷してるじゃないですか。一社だけ半分ほど無包装で出荷していましたが、あとは皆無。見事なほどでした。これが日本の大人の対応なんですね。

「参ったなぁ」と思いましたが若かったんですねぇ、今更振り上げた拳を下げたくなくてそのまま無包装で突っ走りました。結果としてその月からの上撰の売り上げ実績は惨憺たるモノでした。

それでどうなったかといいますと・・・・・、実はこれが大正解だったんです。その年の需要期はそれまで売るのに苦労していた純米吟醸や大吟醸が何をビックリしたのか大都市圏を中心に前年比200%を超える勢いで売れ始めました。当時の旭酒造の製品ですから、今のように実質本位のパッケージでそんな高級酒が売れるべくも無く、掛け紙がかかっていたり小印シールや裏張りがいくつも張ってあったり出荷の手をとる商品ばかりでした。

また、これまでの各セールスが自社のトラックで積んで出る手馴れた方式と違い運送会社の小口便に乗せる出荷方式は慣れていませんから伝票や割れ物シールなどを書いて貼り付けるだけでも右往左往。その上当時は、こんな山奥の小さな酒蔵まで宅急便のトラックは上がってくれませんでしたから営業所までこちらから持ち込まなければなりません。手が掛かる事おびただしい。

ですから、この年もそのまま手のかかる上撰の包装を続けていたらとてもじゃないけどこの新たに生まれて来始めた需要に応える事ができませんでした。

しかしながら、結局あの事務局長さんの力強い断言はなんだったんでしょう。あれは「酒造組合だって本当はこうなったらいいなと考えている」という意味であって、酒造組合「語」としては「こうする」という意味ではなくて「これが理想と考えている」ということです。つまり建前と本音に違いがあり空気を読むということがこの世界では重要だったわけです。

ところが、基本的にその能力が欠落しているというかその気のない私には分らなかったんです。私の能力の欠落が瓢箪から駒を呼んだそんな出来事でした。