中国地方の中小企業の海外進出を促進するという目的で中国経済産業局 が「グローカル実践セミナー」と題して催しを開きました。私もトークセッションの演者に任命されていましたので、パリ出張を早めに切り上 げてそのまま広島に直行し出席してきました。

事前レクチャーによると話し手は古民家保存活動のNPO代表からジーンズの生地メーカーの社長などさまざまな分野から全部で7名、割り当てられた時間は20分ということで結構短い。どうしても日本酒の輸出という話になると「最近国内で日本酒が売れないから何とか海外に活路を見出して」なんて話を期待されそうです。しかし、日本の文化的背景から生まれてきた日本酒という酒というか文化そのものを売るんでないと輸出する価値がないと考えている私としてはそんなステレオタイプの見方は抵抗があります。どうしても肩に力が入るんです。(酒造組合の会長でもないんですから頑張る必要も無いんですが)

勇ましい事を言っていても、マイクの前に立つと原稿無しで何分でも喋れるというタイプではなくて話すときはとにかく話の内容を構成しておかないとまったく喋ることができない方なので、原稿を作っておきました。A4で三枚半。これは詳しい人に言わせると4~5分の原稿だそう です。ま、このぐらい作っておけば骨子は喋れてあとは付随して例を挙げて話の内容を補強できるだろうという考えです。

ところが、出だしで司会の方の紹介を受けて「一番企業で危ないといわれる三代目で、自分でも酒蔵を潰すんじゃないかと心配だった」という話から入っちゃって、別のほうに話が行っちゃいました。何とか話は事前原稿のストーリーに戻りましたが、最後は時間が足りなくなって一番大切なポイントの掘り下げが浅い話になってしまいました。「もっとわかりやすく話せたんじゃないか」と大いに反省。

私は「話が下手」とよく周囲から言われていて、麻生首相や鴻池「辞職」大臣で有名に(悪名高く)なった青年会議所時代の友人からも「あんたは昔から話が下手だったけど企業の調子が良くなると話が上手になるもんだねぇ」なんて言われてました。(この件は個人的には異論あり。 「自分は今も昔も同じことを話している。君たちがやっと僕の話を理解できるとこまで進化したんだ」と、自分では慰めているんですが・・・ ・・。ま、他人が言う方が正しいんでしょうね。)

でもとても100点満点とはいえないスピーチだったのは確かなんで・ ・・・・・、反省。反省だけならサルでもできる(古い!!)かもしれ ないけど・・・・・・、反省。

【JALの機内で飲む獺祭】

ちょうどこの6月から8月までの三ヶ月間、JAL国際線のファーストとビジネスクラスで獺祭がサーブされています。以前から国内線のファーストクラスの唯一の搭載銘柄に選ばれていましたがその縁で国際線の ファーストクラスとビジネスも飲めるようになったものです。

で、「これはお仕事だから」とケチな自分に言い訳してパリ往復をビジネスクラスに乗ってきました。行きは残念ながらコードシェア便のエールフランスを割り当てられたんで「獺祭」無し。

帰りはやっとJAL便で「獺祭」にありつけました。職業病で気になるのは他の乗客の飲んでる酒。ワインやシャンペンばかりだったらどうしよう。それでも結構日本酒(それも獺祭)を飲んでいる方がいて「ホッ 」。

前席の40歳ぐらいのフランス人のおっちゃんや前々席の日本人らしい お客さんも二本目の獺祭を頼んでいました。ちょっと気分の良いフライ トでした。皆さん、JALに乗ったら是非「獺祭」を飲んでください。

【話せなかった「反省」のスピーチ原稿:長いですからお暇な方だけ】

皆様こんにちは。旭酒造の櫻井と申します。私どもの酒蔵は広島のお隣 ・岩国市にあります。岩国市といってもとんでもない山の中でして、平成の大合併で岩国市に編入されましたから名前だけは「市」が付きますが酒蔵の半径5kmで円を描きますと人口300人を超さない、そんな 山間の過疎集落で「獺祭」という純米大吟醸酒を造っております。

私自身は昨日パリから成田に帰ったばかりで、本日羽田発8時の広島便に乗ってここまで帰ってきたところです。余談ですが、成田から羽田まで不便ですね。わざわざ山の中に移転した広島空港といい、この成田空港といい、「遊びじゃなくて本当に仕事をしている国民のことを分ってんのか」とぼやきながら帰ってまいりました。

ところで、憎まれ口はさておきまして、何でフランスに行ったかといい ますと、今週からボルドーでビネクスポと言う世界最大のワインの展示会が開かれております。そちらで全国の酒蔵5社が有志でブースを出しております。これは地酒では私どものグループしか出ておりませんで、 費用もかかるんですが一度ブースの権利を手放してしまいますと次はなかなか取れない。もう、ここに日本酒の足がかりはなくなってしまうということで、私どもでは出展者として力不足なんですがあえて出展させていただいております。

それとタイミングを合わせましてフランスのディストリビューターがプレスや飲食関係のプロ相手の試飲会と有名どころのフレンチレストランで一週間ぶっ通しの日本酒フェアを開催、そしてランジスというまあ日本で言えば築地に魚だけでなく肉・野菜の生鮮三品全てそろえたような大きな市場がありますがその中のプロ相手の店で日本酒を販売し始めてくれまして一週間のフェアを組んでくれました。そんな盛り沢山のプレウイークの参加のためビネクスポの準備かたがたフランスに出張しまし た。この一年のパリにおける日本酒の存在感がまさに実感できた一週間 でした。

そんなパリ出張を済ませまして今日ここに立っておるわけです。もっとも、ここはお忙しい皆様の前で私の近況報告をする場じゃなくて、今日 は私どもの酒の輸出の話をしろという事ですので先に進めさせていただ きます。

ご存知の通り好むと好まざるとにかかわらず世界各国は国際化している わけです。これはアルコール飲料の世界でも変わりません。ワインやウイスキー・ビールなど海外にルーツを持つ酒類が日本に入ってきております。つまり、日本の国内だけを日本酒の市場と考えれば侵略される一方ということになります。

フランスのワイン業者を見ても国内の俗に言う普及型の低価格ワインの 売上は落ちているが海外市場に高級ワインの市場を造りだす事によって生き延びております。これを見ても日本酒も世界全体を市場として考え なければ業界全体としては生き残れないというのは自明の理です。

それと、私どもの酒は、地元市場で売れなくて酒蔵としての生存が困難な中で東京市場に活路を見出して現在に至ったという経緯からなるべく してなった酒蔵の個性なのですが日本酒の中でも高級酒の部類に入ります純米大吟醸しか造らないという特殊な酒蔵です。

ですから、小商圏型の他者の蹴落とし合いをやるシェア競争商売は弱くて大商圏を相手にその中の一部の人だけを顧客とするニッチマーケット向きの高級酒を販売することが得意な酒蔵です。また、麒麟麦酒の試算によりますと、東京の日本酒のマーケットボリュームはは昨年度590 億円といわれております。私どもは今年、東京へ5億円強の出荷予定ですので小売価格で試算しなおしますと1%を超えてきます。ですから大商圏得意型の旭酒造ですがこのままでは弱肉強食シェア競争注力タイプの小商圏得意型にモデルチェンジをしなければならないターニングポイ ントにそろそろ到達しているわけです。それは資金力に乏しい山奥の酒蔵にとっては不利な選択であると同時に、お客様に本当に美味しい日本酒を届けることを考えず、ただいたずらにシェア競争に明け暮れた結果としてお客様の日本酒離れを招いたと考えている私としてはとりたくない選択です。

つまり業界全体から見ても、弊社のだけの立場から見ても更なる未開拓な大地を目指して海外への輸出というのは私どもにとって当然の選択で あるわけです。

さて、現在私どもの酒は15カ国に輸出されておりますが、なんと言っても売上の大きいのはやはり一番にアメリカです。その中でもニューヨ ークが都市の性格から言っても一番大きな市場になっております。ところが、ニューヨークを見ておりますと、フランスの影響が非常に大きいのが分ります。たとえばニューヨークの高級レストランはフランス人かフランス訛りの英語を話すアメリカ人を置かないと成功しないといいます。実際行ってみて頂ければジャンジョルジュやブーレーなど日本でも 知られているレストランのスタッフはフランス人ばかりです。

そんなことからニューヨーク攻略のためにもパリは重要になってきます。旭酒造ではニューヨークとパリを主要ターゲットに想定して輸出戦略を造っています。昔、ミュンヘン・札幌・ミルウォーキーといったのはビール会社でしたが、旭酒造にとっては東京・パリ・ニューヨークなんじ ゃないかと、地球儀の上に三つのポイントがあると考えています。

ではそこにどんな商品を出しているかといいますと、日本の市場にお出ししている酒とまったく変わらないものを出すということを基本として おります。つまり、日本で売れているものを出すという考え方です。

以前、どこかのテレビのニュースで「ある県の酒蔵グループが国内で売れないから海外に活路を求めてヨーロッパを訪問し、どんな酒が売れる のかロンドンなどで意見を聞く」といった切り口のニュースが流れておりましたが、それでは成功しないと思います。あくまで「日本で成功している」「日本人が美味しいと思っている」酒を欧米に出す・そのままのスタイルの酒を理解してもらう・納得してもらうということで行かないと、たとえ一時的に売れたとしてもおそらく長続きしませんし日本酒 全体としては決して良いことにはならないと思います。

そうすると海外での私たちの仕事は、ワインのような酒だったり酸っぱかったり甘かったりする酒じゃなくて、私たちがこの酒が良いと信じる酒・現実にお客様に納得いただいている酒を出して、その上で「日本酒 とは何か」「日本酒の美味しさはどこにあるのか」という根源的な意味を説明し、理解してもらうことになります。

特に欧米では同じ醸造酒ということでワインと対比されることが多いと思います。このあたりも逃げずに説明しきっていかなければならないと思います。ワインと比べますと日本酒は、長距離移動できないブドウではなく米を原料としますからよくワインで言われるような醸造所と畑の関係は本当に良い米を原料として使用しようとする限り成立しないわけです。また、熟成ということもワインと同じようには参りません。よく 言うのは、ステーキを食べるとき肉を落としてから数週間は冷蔵熟成しないとアミノ酸の組成が良くならないと言われます。これはたとえばふぐでも一緒で確かに引いてすぐは美味しくない、しかしこれは数時間の 時間スケールです。熟成の時間スケールが違うんです。しかし、美味しさという面でどちらに優劣のあるものではないでしょう。ワインと日本酒もそういったもので、ワインの価値観で日本酒を切ることは出来ませ ん。しかし、同様に注意と敬意を持ってあたるべきものだというこういったことを欧米市場に理解してもらうことが今の私どもがしていること です。

ところで、このようなことも海外で違う文化の中に日本酒を投げ込んだ結果、ここが大切で譲れないものであり分ってもらうためのポイントと 始めて理解しました。日本の中だけでいたら「だから日本酒は」とワインの切り口で批判してくる意見に対し迎合して、酒蔵から半径3kmの田んぼで栽培した米しか使わず紹興酒のような熟成が必要な酒こそ理想の酒とする「獺祭」になっていたかもしれません。

以上のことから理解いただけるように、異文化との衝突による洗練は日 本酒にとってこれから必要なものと考えています。ワインはすでに数百 年にわたってこの経験をつんで現在が有ると考えられます。そして、この洗練は、輸出による生産数量の増大によるスケールメリットから生まれる品質の安定・向上と共に別の意味での品質の向上と進化を生み出し、 日本国内のお客様に対しても大きな贈り物になると考えています。