暑かった夏も9月になると急に涼しくなって、毎朝の散歩が日課の私も、今朝は最近お気に入りのナイロンの薄手のジャケットの下にカシミアのセーターを引っ張り出して着込みました。これで、昼になると30度近くになるなんて信じられないぐらい。まさに初秋ですね。

涼しさが立ち始めると夏に冷たい水物で疲れた体に日本酒の優しさがしみわたる季節です。この時期になると、「やっと日本酒の季節になった」「ビールに向いてるお客様の目を日本酒に引き戻さなくっちゃ」と酒蔵は思い出します。

昔から「ひやおろし」といってこの時期に出す酒を季節感もあって珍重されてきました。春に火当て(熱殺菌)し、夏を越して熟成した酒を熱殺菌せずに出荷します。最近は瓶入りがほとんどで、流通時の品質劣化に配慮して瓶詰め時に再度熱殺菌する「ひやおろし?」も多いようです。そんな現代の「ひやおろし」に対し本物かどうかという議論も出ています。また、古式どおり一度火入れの製造方法を売りにする「ひやおろし」もあります。

技術的にも荒っぽく、流通容器が樽しかなかった時代は確かに「ひやおろし」の品質的な優位性があったでしょうし・・・樽酒が熱殺菌充填できるわけありませんし・・・。ま、季節の商材として再び見直された酒という見方もあります。何より先ほど述べたようにこの秋風の立ち始めるときの日本酒の美味しさは格別です。あまり細かいことを言わず楽しんでいただければ・・・・・・。

と、これで良いわけですが。四季醸造である旭酒造としてはこの時期に「ひやおろし」になる酒がありません。私どもの方式ですと、酒を搾った後は春までほっておくんじゃなしに、鑑評会の出品酒と同方式で、個々の酒にとって最適なタイミングで全て瓶燗方式で熱殺菌され、その酒は瓶のまま出荷され、最適な熟度に達するまで総計1500石(1.8L瓶で15万本)まで入る冷蔵庫(熟度によって摂氏マイナス10度からプラス5度)に保管されます。手はかかりますが、この瓶詰め方式こそ「獺祭」の品質を維持している大きな構成要素です。ですから、旭酒造には夏にタンクで貯蔵されている酒なんてありません。

しかし、その結果として、せっかくの日本酒の美味しい季節に提案する酒が無いということです。だけど、何かほしい。秋は日本酒の季節の入り口ですから。あほな社長の私は「それなら、秋晴れ(注)という名前にしたら」などと口走って、「社長、それは一緒のことですよ」とたしなめられたり。

そんな一幕もあったりしたんですが、結局四季醸造の強みを生かして7月に仕込んだ酒を「夏仕込みしぼりたて」と銘打って出すことにしました。それも以前は真夏は50%精白のものを仕込んでいたんですが、思い切って旭酒造の序列で言えば上から二番目の39%精白の純米大吟醸を仕込んで、真夏にどれだけの酒が出来るかチャレンジと同時にお客様にアピールすることにしました。昨年は酒蔵の工事の関係でお休みをもらったんですが、今年は例年通り9月から発売しております。

この夏仕込の発売はひやおろしの代替という意味ともうひとつ弊社の製造システムのアピールという二つの意味を持っております。

真夏に酒を仕込むとなると「地酒らしからん」と目をむきそうな人も多いんですが、冬しか造らないという考え方は技術・設備の面から劣悪だった時代の慣習、しかも近年まで残った理由はいわば季節の出稼ぎである杜氏・蔵人が本業の農業が忙しくなってしまうため故郷に帰ってしまうためという理由と、蔵側からすれば酒造りに一番効率の良い時期しか蔵人はいませんから人件費を安く抑えられます。したがって労使双方の利害が一致するという側面が大きいと思います。

確かに、冬と比べて夏の仕込みは少し苦労するのは確かですが、それ以上に、優秀な製造担当者を正社員で年間雇用できるとか設備の稼働率が飛躍的に向上するためコストが下がるとか優れた面が四季醸造にはあります。旭酒造としては正面きって説明したいところですので、そのためにもちょうど良い商品です。

実は、ある目的(優れた酒)のために開発された手法(冬に造る)が目的は関係なしに手法を守ることが正しいことのように言われ始める日本酒業界の現状に危機感を抱いております。この目的と手法の取り違えは一例で、他にも米とか醗酵経過とかあらゆるところに散見され、日本酒の発展を阻んでいます。私はよく地酒原理主義だといってるんですが。

例によって、話が横にそれておりますが、そんなこんなで真夏に仕込んだ純米大吟醸「獺祭 磨き三割九分 夏仕込」を発売しておりますのでよろしくお願いします。

(注)秋晴れ;秋になって春先に品質的にくもっていた酒がパリッと熟成してくることを言います。