少し、専門的な話をさせてください。酒米に関して新しい考え方や事実がいくつか生まれています。ただし、今からの話は全て山田錦に限っての話です。五百万石とか普通の米については私どもは経験が少ないので控えさせてください。
それは従来の常識を覆すような話なんです。たとえば新米と古米。従来、単純に新米ほど良い米と考えられていました。ところがこれがわずかな相関関係はあっても大きな妥当性が無いという事が私どもでは経験的に分かってきました。
つまり、出来の悪い年の新米より出来の良い年の古米を使う方が酒の出来が良いという事です。これはほとんどの酒造関係者にとって、常識からして抵抗のある話と思いますが、私どもの経験で考える限り真実です。
また、酒米にとって一番怖いのは米の胴割れです。この胴割れには二つあって、精米時に胴割れするモノと洗米時に胴割れするモノがあります。この胴割れについても全く従来の常識を覆す事実がわかってきました。
後者の洗米時の胴割れについて言えば、洗米時の胴割れは、いわば米の内臓が露出してしまっている状態になるわけです。この状態の米で酒を造るとあまり面白くない事態が起こる事は御理解頂けると思います。
この洗米時の胴割れを防ぐために、従来「枯らし」といって精米後の米を一カ月以上保管して、どうしても摩擦熱の加わる、精米時に失った白米中の水分を戻すことをしてきました。ところが、これをしない方が胴割れが結果として少ないんです。
この辺りは、酒造技術の専門家の先生や経験豊かな杜氏さん達には、山口の田舎の酒蔵の社長に言われるのは抵抗があるかもしれませんが、私どもの経験では事実です。
最後に、前者の精米時の胴割れに関しては、これも大きな酒質上の問題になります。精米時に胴割れすると粉になってしまいます。精米歩合というのは重量比で測りますから、ここで5%の米が胴割れして糠になってしまったとすれば帳面上50%精白の米も実質的には55%の米になってしまいます。
もちろん酒税法上で言えば帳面の方が優先ですから大吟醸であることは間違いないのですが、こんな米で仕込めば良い酒にはなり難いと思います。
それではこの問題を解決するためにはどうすればよいか? もちろん、精米を熱を持たせないように、ゆっくり行うという事がまずあげられます。しかし、そんなことは現在どこでも分かっている事ですから、当然実行されていると考えられます。
実はそれ以外にも胴割れの要因がありまして、それは精米時の玄米水分です。これが少ないと精米時に胴割れしやすいのです。できれば16%ぐらいほしい。ところが玄米水分が15%以上あると農政事務所で等級外になってしまいます。つまり、わざわざ胴割れを起こしやすい米しか認められない基準になっています。
おそらくこれは、こんなことはわからなかった時代に設定された基準値が生き残っているからと思います。確かに玄米水分が多いという事は実際の米重量は軽くなりますから、水分が1%多いという事は1%米が少ないという事で、そちらの方が歩留まりが良いはずと、生き残っているのではと推測します。
日頃は農業業者側に立って(疑)、消費者に冷たい国がこれだけは消費者側に立って、お陰で消費者(酒蔵)が不利益を被っている構図です。
是非、これを読んでおられる蔵元関係者でご納得いただける方は一言農業関係者に説明してあげてください。生産者にすれば水が金になる、酒蔵にすれば歩留まりが向上して品質が上がる、お客様は結果とし美味しい酒が手に入る、良いことばかりです。
法律を動かす力を持っているのは国の機関である農政事務所です。やはり農業関係者から言われるのが一番効きます。なかなか部外者である酒蔵からの意見は通りませんので。
ついでに精米前にすでにクラックが米粒に入っていたり、精米時に砕けやすい米があったりするんです。前者については田んぼで水が少なすぎて「立ち割れ」を起こしたと言われる事が多いのですが、この辺りも多くは農業機械の業者たちの言いわけで乾燥機の問題が多そうです。
乾燥機の取扱上の問題が栽培技術の問題にすり替えられている事が、全てとは言いませんが多そうです。なぜなら、実績のある兵庫県などではほとんどこの問題が発生せず、栽培実績の浅い産地ほど発生している事が多いからです。