獺祭と言えば純米大吟醸だけと言ってきましたが、最近その話やHP上の記載も外しています。実際に造りはそのままですから、相変わらず「技術的」には純米大吟醸しか造っていません。しかし、酒税法上のラベル表示基準と合わないものを出し始めたからです。
それはあの「獺祭 磨き その先へ」です。このお酒は「磨き二割三分」の上の商品として造られたものですが、これは二割三分の路線から一歩外して、上品という事は二割三分のべースのままで、その上に「味幅の上品な厚みがのる」という事を特に念頭に置いて開発しました。そのため、良く皆様が期待される「磨き二割三分以上の米の磨き」という事についてはあまり重要視しませんでした。
しかし実際には、二割三分以下の精米歩合まで磨いております。それも毎年の山田錦の精米歩合のいける極限まで行っております。
すると、問題は毎年の米の性状により、いける精米歩合の数値が変わってくることです。大体19%から21%ぐらいまで最大2%程度の違いが磨ける年と磨けない年の間に今までの経験上ではありました。(実際にはこの酒は7年の試作期間を経ましたのでその経験からいえば・・)
また、余談になりますが、昨年・一昨年の磨き二割三分の麹米の精米歩合は21%でした。よく酒蔵見学に来られた目敏い方が21%と記載された精白米のパレットに気づいて、「これは何ですか?」と聞かれていました。(磨き二割三分もその路線の中で上品な厚みの酒を目指して、ある意味ラベル表示は無視してやってるわけです)
一昨年の夏の高温障害のため米が硬く酒が薄辛く、獺祭が狙いとする「きれいな甘み」が表現しずらかった時には「純米大吟醸50」は48%まで、「磨き三割九分」は37%まで、実際には磨いて使っていました。まさに表示と実際はずれていました。もっとも「獺祭」のコンセプトはお客様の「ああ、美味しい!!」という言葉を聞かせていただける酒、そのためには「何でもやる」のは旭酒造的には当たり前なんです)
という事で余談はさておきまして、国税庁の通達によれば、純米とか本醸造とか特定名称酒と言われるジャンルの酒の場合、精米歩合をラベルに表示しなければならないとなっています。これに困りまして、毎年違う数字がラベルに記載されているんじゃ、お客様も混乱してしまう。だからといって便宜上23%とつけておくことも考えたんですが、このあたりの限界の数字となると影響が大きいので、あまりにも実際と違う事を書くのも、まるで法令に挑戦しているようで、はばかられる。しかし、法はどんな変な法律でも「法は法」ですから守らなければいけない。
と、いうことで「磨きその先へ」の純米大吟醸表示を外して普通酒として発売したわけです。まあ、ここには、「売るために〈純米大吟醸しか造らない〉んじゃない」「美味しい酒を造りたいから純米大吟醸造りに〈結果として〉なった」「獺祭は美味しいという事を売りにしているんで純米大吟醸という特定名称を売りにしてるんじゃない」という自負がありました。
また、「この酒のどこが吟醸や純米吟醸なんだろう?」と首をひねるような吟醸や純米吟醸が、酒税法の条件のすれすれの原料や、とても吟醸造りとは言えそうもない雑な(と推察される)造りや貯蔵条件で造られて、しかしそれは立派に条件は満たしていますから「吟醸」や「純米吟醸」という表示を付けて「大威張りで店頭に並んでいる」のを見てきた経験からも来ています。(どんなに雑に造っても法令上は違反ではありませんから)
前にもこの蔵元日記で書いた事がありますが、酒造業界というのは長年の国税当局の監督下に置かれた経緯から、「お上のお達しは守らなければいけない」事は体質として染み込んでいるんです。しかし、お客さまに「本当に美味しい酒をお届けしなければならない」という処が希薄で、「ああやったらこうなっちゃった」的な商品が溢れかえっているように思えます。
このあたり、業界固有の弱点で、このままの「国内酒税法上の土俵では正しい」「それさえ正しければ後は知らない」的体質で、世界の中で、フランスやイタリアなどのワイン業界と戦えるかというと不安に思っています。
また、この手の法令はどちらかというと、「こうあるべき」という理想のもと、国が法令を定めるというよりも、酒造組合が「こうこうこれこれの規制をして欲しい」と訴えて決まる事が最近は多いように感じます。
そうするとどうしても酒造組合の性質上、一番足の遅いランナーや業界の都合に合わせて規制や法令のお願いが国に出されることが多い。勿論、それでも、法は法なりと思い守ってきたんですが。
こういう事を書くと、また偉い先生方にはにらまれちゃうんですかね。
ところで、最後に、昨年起こった関西の酒蔵が起こした純米大吟醸の偽装事件は、どちらかというと「表示条件すれすれ体質」がいつのまにか一線を越えてしまった事件のように思えます。立派な事を言っていても私も人の子で、欲は人並み以上にありますし、「つい状況に流されること無きにしも非ず」ですから、より気を引き締めなければと、自戒しています。
というのは、今、酒の製造に携わる正社員だけで35名、製造だけでなく出荷・包装などのパートを入れると100名という大所帯になっています。小さい組織ですと問題なかったものが大組織になるとおこりやすい問題があります。
「これってめんどくさい」「このぐらい大丈夫」、きっかけはちょっとした担当者の手抜きやミスから始まりますが、それを隠ぺいするため偽装が始まり組織全体を巻き込んでいく。組織は回り続けなければいけないという性質を持っているので、小さなミスに気がついてもそれを隠ぺいし組織を維持しようとするパワーを持つからです。
小さな所帯の間はこういう問題はトップが起こす事が多いんですが、大きな所帯になると組織の周辺からおこる事が多い。とにかく、ミスは絶対起こさないというのではなく、人間は必ずミスをおこすという前提でいかにそれを早く発見してつぶすか。
申し訳ありません。話がずれておりますが、とにかく、少しでも良いお酒をお届けしたい。皆様から、「ああ、美味しい」という声を聞く事の出来る「獺祭」を造ることが何より大事なんです。
過去に配信した蔵元日記です
(併せて読んで頂けると私の考えがよりわかると思います)
2008/08/16 蔵元日記
2008/11/22 蔵元日記
2011/01/13 蔵元日記