ある企画会社が時々送ってくる酒関連の情報テキストを見て、ため息が出ました。「山田錦の単価アップは旭酒造の買い占めが原因」と書かれていたからです。私どもは国内山田錦の最大ユーザーだろうと推測されますが、買い占めをしてきたつもりはありません。
安易な買占めや、権力にすり寄って山田錦を独占することもせず、反対に農水省や農業団体などの権力に疎まれるリスクを抱えながら、「コメ余りの中での山田錦の不足」を訴え続け、山田錦の作付けを増やすため東奔西走してきました。
おかげさまで、私どもの握っている情報の積み上げでは、今年7万俵程度の山田錦の生産増加が見込めるほどになりました。ズバッといいますと、この7万俵はすべて私どもがあらゆる手立てを通じて関与した数字であり、しかも、その数字の半分以上は他の酒造メーカーに流れるわけです。「関係者を動かしてここまでこぎつけたのは、うちがここまでやった結果なんだからうちだけのものだろう」と、言いたいところですが、「(付き合いのある)全農さんの立場になれば仕方ないよなぁ」と我慢しているものです。
体の力が抜けて行ってしまうような趣旨のテキストを読みながら、この数年の出来事が頭の中をよぎりました。
講演会などで、コメ余りの中の山田錦不足とその主原因と考えられる減反政策について言及する私に、たまたま聞いていた農水省の若手キャリアの方から、「あそこまで言われるとは思わなかった…」と感想をやんわりと言われたり。(ちょっとビビりましたけど)
山田錦が足りないと訴える私どもの訴えが最初に取り上げられたある農水省関連の会議では、「山田錦が足らない、足らないっていうけれど、さわいでるのは山口県の「あの酒蔵」だけだろ」と幹部の方から指摘されたり。(関係者からの伝聞です)
私どもの訴えを聞いた安倍首相官邸が農水省に山田錦不足の実情を問い合わせてくれた折には、農水省もまさか知らん顔はできませんから酒造組合に実情の問い合わせをしたようです。しかし、返ってきた答えは「コメ不足よりは租税特別処置法による酒税減免の延長のほうが喫緊の課題であり、コメ不足をさわぐ暇があったらこっちを何とか運動してほしい」と返されたそうです。(これも関係者からの伝聞です)
最後の最後まで、一業者の主張に政策は曲げられない、という行政の壁との戦いでした。そんな中で山田錦の不足を訴え、30数万俵だった山田錦の全国生産量を60万俵まで押し上げることは、旭酒造にとっての意味だけでなくコメ余りにあえぐ日本の農業界にとっても大事なことと思い、この数年、孤軍奮闘してきました。
そして話が横に行ってしまいますが、酒造好適米の減反枠の解除に関して安倍首相のやっていただいたことは非常に大きな力になったことをご報告しておきます。実は、一業者の話に耳を傾けることは通常政府機関においてはありません。しかし、あの時、酒造組合の意見を聞いていたらこれができたかどうか。安倍首相の英断が山田錦を動かしたのです。
この件、私も安倍首相が地元びいきでやったといわれて、ご迷惑をかけることを恐れてあまり言いません。(変にとる人間がいますから) また、他の酒蔵は、そもそも、知らないんですから話すはずもありません。将来、山田錦の作付けが大きく増えたときはこの件に関して安倍首相が組合とか団体のご意見でなく、たかが一業者の主張を聞いてくれたことが大きいことを、思い出していただけると嬉しいですね。
ところで、この情報誌の取り上げられ方は、全体として、事実誤認というほどでなくてもまさに私どもが諸悪の根源のような取り上げられ方で何とも情けない。
もっとも、発信元の企画会社の社長を取り巻く酒蔵さんや酒屋さん、さらにその先の飲食店さんやお客さん、もしかすると農業関係者の方たちも、そんな人たちの「獺祭」に対する見方や感情も色濃く投影されているのでしょうから「仕方ないか」と、割り切りました。
先日もある県に呼ばれて一時間半ほどお話をさせていただいたのですが、その参加者から、「今日、あんたの話を聞くと知り合いの杜氏に言ったら、「あぁ、あの山田錦の価格を釣り上げた張本人の先生かね」と、言われたよ」なんて話を懇親会で聞かされました。
ところが、山口県では、県内の契約栽培農家には「旭酒造は買い叩くんだから契約はやめたほうが良い」と情報通?から言われるんだそうです。また、先日ある会合で、県内同業者から、「あんたのところで、農協に行くはずの山田錦を3千円高く買ってるそうだが、どうなんだ」と詰問されました。面白いですねぇ。同じ県内で、片方は買い叩くというし、片方は吊り上げるというし、わけがわかりませんね。
また、ある契約栽培農家は、初年度、獺祭と契約することに関し地元農協からしつこい問い合わせがあり、「困った」と漏らしていました。
今でも、「旭酒造が言うようにはうまくいくはずがない。農業の従事者は高齢化が進んでいるし、そのうち作り手がなくなる。山田錦に将来はないよ」というのはよくあちこちで、特に農業関係者の中で、言われているようです。四面楚歌ですね。
実は、旭酒造はパンドラの箱を開けてしまったのです。バブル崩壊後のこの15年間の間に日本酒の価格競争を激化させ、山田錦を買い控えることにより農家の生産意欲を奪ってしまった酒造業界。結果として、生産を半減させてしまうけれど、補助金漬けのぬるま湯体質の中でそれに安住してしまった農業関係者たち。「山田錦が足らないから今年の純米酒の造りは半分しかできません」などと、後ろ向きの発言ばかりすることで、挑戦しない酒蔵経営の体面をつくろってきた地酒メーカーたち。
これらの話の真実の意味を、「獺祭が足りない理由は山田錦が足らない所為。山田錦を何とか増産してほしい」という私どもの主張が覆してしまったからです。
これだけ四面楚歌で、少しは懲りたかって?
ぜんぜん。
なんせ、ピンチはチャンスの旭酒造ですから。
山田錦の生産が増え、不当に高すぎもせず安すぎもせず、正当な価格で引き取られることは、旭酒造にとっては獺祭の増産につながり、お客様にとっては手に入らなかった獺祭が手に入るようになり、本当にやる気のある農家が正当な農業経営に踏み込むことにより日本の農業が活性化する、これぞ「正義」です。
私が死んだら葬式の晩に、「ざまあ見ろ」とあざ笑う人が百人いるのか千人いるのか。叩かれないより叩かれる出る杭になるほうがいい。そう思いませんか、みなさん。