先日、NHKの金曜日夕方5時からの番組「きん5時」4月22日の特集「街にクラシックを!大阪で奮闘の楽団」を見ていただいた方や耳の早い方はご存知かもしれません。昨年から大阪にある公益財団法人日本センチュリー交響楽団の理事長をお受けしております。皆さんご想像のようにコロナ禍の今のオーケストラの理事長を受けるということは「火中の栗を拾う」に等しいかもしれません。せっかく、潰れかけの酒蔵を40年かけて再生したのに…、まあ、おっちょこちょいという病気は治らないんですね。
日本センチュリーは大阪で4番目のオーケストラとしてバブル期に大阪府の肝いりで結成されたものです。残念ながらバブル崩壊とともに周囲の目は厳しくなり、時の橋本府知事の「文化は行政が育てるものではない」との言葉と共に、文楽と一緒に当時4億円あった補助金をバッサリカットされ、この10数年間は「潰れるのではないか」「文化の灯を消してはいけない」という豊中や吹田の市民の皆様の熱い心などに支えられて頑張って奮闘して生き残ってきました。
そこをこのコロナが襲ったのです。公演の中止は立て続けに起こり、何とか開けたコンサートも客数の入場制限で半分以下の入り状況で満足せざるを得ない。昨年の収支も6千万円以上のマイナスと、しびれるような金額です。
何とかこれを立て直さなければいけない。救いはテレビを見てお分かりのように、楽団員の演奏に対するモチベーションが変わらず高いことです。昨年の音楽雑誌では、音楽評論家たちの投票で日本国内で5番目の人気に挙げられるという名誉もいただきました。
こんな素晴らしい楽団をただ見殺しにしてもいいはずはありません。昨年からいくつかの企画もとにかくやってみました。NHKの番組内でも「ファイティングポーズをとり続けなければいけない」と私が楽団の皆さんの前で話している場面が流れていましたが、本音です。しかし、今のところ具体的にどうしたら良いかなんて私にもわからないのも本音です。あがき続けるしかない。
そんな中で、まず「オーケストラを身近に感じてもらわなければいけない」ということで獺祭プレゼンツ「五感で味わうコンサート」と銘打って、豊中市の服部緑地公園内にあるオーケストラの練習場を開放して、フルオーケストラの音楽を楽しんでもらい、同じ会場でそのまま獺祭を楽しんでもらう、という会を企画しました。つまり「皆様に少しでもセンチュリー交響楽団やクラシックを身近に感じてほしい」というものでした。
時はすでに初夏といえる5月20日、豊中の駅からセンチュリーの練習場に向けて気持ちのいい並木道も続いています(徒歩5分というとこでしょうか)。こんな素晴らしい練習場は大阪府民の財産(というより国民の財産)ですからこのまま朽ちさせていいわけではありません。「ぜひ、皆様にこの練習場に足を運んでもらいたい」「そして音楽の魅力に近づいてもらいたい」と思ったのです。
ところが大阪府にご報告に伺いましたところ後日、「練習場は大阪府の資産であるからそんなことはまかりならん」と通告されました。なんの迷惑をかけるわけでもないんですけどね。しかし、もったいないですね。
中庭の雑草が目に付くので「あれを刈ろう」と言ったら、「あれに触ると『大阪府の財産に余計なことをするな』と怒られるんです」と事務局員が言ってた言葉が腑に落ちました。最初は「何をバカなこと言ってんの」と思いましたが…、雑草一本刈るにも、まず予算をつけてその範囲内でしかるべき府の指定業者がやるという事でしょうか。
こんなことを府の担当者に言われるということは、楽団のこれまでの対応もまずかったんでしょうが、しかし、こんなことをしてたら行政はすべて硬直的に運営されますから、お金はいくらあっても足りませんね。
前府知事の橋本さんが音楽や文楽に対してあんな発言をしたことも、その深層が分かるような気がします。橋本さんに好意的に見れば、あれは音楽や文楽など大阪がはぐくんできた文化に対して何でも不要という事ではなくて、こういう硬直的運営の結果おかしくなってしまった大阪府の行政に対する不満のようなものが底流にあって、大阪府によりかかるばかりだったオーケストラや文楽を象徴的に叩いたように思えます。大阪府が長年抱えてきた矛盾が音楽に石礫に形を変えて飛んで来た。
★会場はリーガロイヤルホテルに変更しました★
とにかく「音楽の練習で使う以外のイベントはまかりならん」と大家さんに通告されてしまったわけですから、5/20のこのイベントは中之島のリーガロイヤルホテル大阪に舞台を移して開催いたします。残念ながらあの素晴らしい練習場に皆様をお招きして音楽と(少し)獺祭に親しんでもらうという目論見は不可能となりましたが、楽団員の熱気は失せていません。素晴らしい演奏をお聞かせできると思います。
ホームページに開催要項を載せていますから、お時間の許す方はぜひいらっしゃってください。
そのうえで、今、楽団内で話していることがあります。
橋本前府知事の言葉「文化は行政が育てるものではない。文化は民の力で残ったものだ」という言葉も実は頷けるのです。そして一部の事情通の人たちが言う「欧米は個人の寄付文化がある。日本はないからこの状況」「だから個人や企業の意識改革が必要」という事もいくら言ってもここは日本ですから、少なくとも現状ではどうしようもないことだと思うのです。楽団は自分たちで日本方式で自立していかなければいけない。
先日も楽団内のミーティングで「白馬の騎士がある日、我が家の前に立っていて、こちらは何もしないのに幸せの国に導いてくれるなんてない」「残念ながら自分たちの力と努力しか、今の自分たちを救うものはない」と話しました。楽団も生まれ変わりますし進化します。
そして、純米大吟醸も音楽も、必ずしも人間の生存には必要ではないもの。でも美味しい酒や良い音楽の無い人生は潤いがない。また、美味しい酒や良い音楽のない効率一辺倒の文化(安い酒と後は金勘定だけ)がこの競争の激しい世界の中で生き残れるでしょうか? 欧米が近代において世界に覇を唱えたのは科学の力と共に文化の力が大きいと考えています。
5月20日の「五感で味わうコンサート」もそうですが、どうか自力で生き抜こうとしているセンチュリー交響楽団によろしくご支援をお願いします。
最後に、例によって口の悪い蔵元の戯言。
以前、人間の数より猿の数のほうが多いだろうという程とんでもない山奥にある私どもの酒蔵の前にバス停がありました。一日3~4往復の町運営のバスが走っていました。ところがこのバスにほとんど乗客がおりません。ふつうは一人か二人。時には乗っているのは運転手さんだけ!! (うちの社長は中学生時代、時々このバスで最寄りのJRの周防高森駅から帰って来ました。ほとんどの場合乗客はたった一人でしたから地元のことをみんな知ってる運転手さんに色々話しかけられて閉口したと話していました)
このバスを運営している町の担当者に言ったことがあります。「うちの酒蔵の出勤時間と退勤時間に合わせてほんの2~30分変更してくれたらかなりの社員が車通勤をやめてバスに乗るから、赤字も相当部分改善できるし、いかがですか」と・・・。帰ってきた言葉は「あれは生活支援バスだからあれでいいんです」というものでした。
行政はこの言葉ともに、この30年間でどれだけのお金をドブに突っ込んだのだろう。
今回の大阪府の対応は同じではなくて、あまりに急だったから足を引っ張る人がいることを心配して老婆心で止めてくれた、とは信じていますが、やはり民と行政が有機的に連携しながら進めていく府政が望ましいですね。我々もそんな理想に向けて楽団が自立するよう目指します。
今回の蔵元日記は酒蔵の話でなくてすいません。しかし、やってること、目指している方向は、酒蔵でやったこと、経験したこと、目指したことと同じと実感しています。