12/5にユネスコで日本酒が世界遺産として登録されました。うちの社長がマスコミの取材で、登録とそしてそれを生み出した先人への感謝と共に「ただ喜ぶだけでなく、さらに優れた酒を造る努力を続けなければいけない」とちょっと辛口のコメントを出していましたが、同感です。私たちの酒造りはユネスコのためにあるのではなくお客様の「あぁ、美味しい」の一言のためにあるのです。伝統しか縋り付くもののない伝承産業になってはいけない。
同じように、「少しでもお客様に幸せに毎日を送ってほしい」という私どもの思いが常に底流に流れているからこそ生まれたことが、ここ一週間ほど世間を騒がせている「獺祭月面醸造計画」つまり「獺祭MOON」の話でも言えます。この計画は「三菱重工と共同」という事がここまで来れた要因ですが、最初にきっかけを作ってくれたのは名古屋の高砂電気工業という会社でした。
名古屋の商工会議所で講演させていただいた折にその会社の会長から声をかけられて始まった話です。最初は「宇宙で酒を造ってみたい」という話でした。社内にビール好きの技術者がいて超小型のビール製造プラントを設計してみたそうです。「一緒に実験しませんか」と何社かの大手ビールメーカーに打診したそうです。まぁ、当然のように断られたようです。それで、ビールじゃなくておっちょこちょいの獺祭なら乗るんじゃないかと声をかけてくれたみたいでした。
最初は、ただ話題性と技術者の好奇心だけで始めたように見えて、いまいち、乗り気になれませんでしたが、よく聞いてみると「月の環境は酒を造ることも不可能ではない」というその技術者の思いから始まったようです。
それを聞いて、「それなら高砂電気と共同で造ってみよう」となったのです。最短2040年には月に人間が住むことも実現可能との観測もあり、「それならクオリティ・オブ・ライフという面からも酒が必要」、「ただただ生存してるだけじゃ人間は辛いからここに獺祭は貢献できるかも」「しかも月でワインを製造するなら、ブドウの果汁を持っていかねばならず、物凄いコスト高」「その点、酒なら米は蒸して乾燥させて重量を極限まで軽くすればいいから負担が少ない」「なぜなら月面には水がある」と思ったのが始まりでした。
早速会社に帰り、入社二年目の植月君を乱暴にも担当に任命しました。彼はびっくりしていましたが、とにかく何もないところから計画を作り始め、最初はどこか地球上で無重力状態を作ることにより実験を始めるつもりでしたが、JAXAとも話をつけ、その関係で三菱重工も引っ張り込み、地球の六分の一の重力での醪の発酵促進や制御などは名古屋の愛知食品工業技術センターの力も借りて、宇宙ステーションで酒を造る実験をするところまでこぎつけてくれました。
最初は、「獺祭が造るんだからそれなりに品質も」という植月君に、「あんなぁ、とにかく発酵させることに今は全てをかけろ」「品質なんて二の次」などと獺祭の蔵元にあるまじき発言??もしましたね。彼は苦笑していました。(どうも最近会長の扱い方が分かってきたようで、苦笑して流す技を編み出したようです)
その過程で先ほどの三菱重工とも連携が始まりました。三菱重工は日本の宇宙技術では最先端の会社ですから、技術的な示唆もいただいてここまでくる原動力になりました。三菱重工が大きな力になったと感謝しています。残念なのは高砂電気の関与が薄れてしまったこと。ただ、最近の知らせではビールの醸造はあきらめず、引き続き研究をしているようです。もしかすると酒と一緒に月面でビールも楽しめるかも。それもどちらも日本由来!!!ですよ。
造った獺祭は「MOON」と名付けられます。来年には超極小の清酒製造プラントが宇宙ステーション目指して打ち上げられ、発酵が終われば帰って来ます。ちなみに、通常の酒造りのように櫂入れ作業はありませんが、それでも「プラントの攪拌スイッチのボタンを押す」ことは必要ですから、その仕事は宇宙飛行士が担う事になります。JAXAから伝えられている宇宙飛行士の作業日当は時間給600万円!! まあ、計画全体で1億4千万円かかるのも分かるでしょ。
その「獺祭MOON」、200ml程度の持ち帰りになると思いますが、社内で試飲や分析に使う100mlを遺して残りの100mlを一億円で販売します。そして、この売上金額も日本の宇宙開発に寄付する予定です。(おそらく世界一高価な酒類になるのは確実かと思います)
報道もおおむね好意的なようです。「海外進出では飽き足らず、とうとう宇宙まで進出するのか!と笑っちゃいました」という意見もいただきました。「先週の落ち込み具合とは、180度異なる日曜日を迎えた」という意見も。日本の朝をちょっとだけ明るくできたんですかね。ちなみに、発酵に使う水は宇宙ステーションの循環水ではなく地球の水ですからご安心を。